ADの日記: FUDとか閉鎖的だとか、レッテル張りの論争について
どうも何故BSDはLinuxほど有名にならないのか? を見ているとLinuxコミュニティーはFUD文化的であるらしい。…馬鹿馬鹿しい。
自分の優位性を主張するのに一番楽な方法は何か。それは対立候補を批判することである。対立候補の評価やイメージが悪くなれば、相対的には優位である…思うのだろう。まあ、対立候補を批判することによって一応の精神的優位は確保できる。
このテの考え方で(意識的か無意識的かは定かではないが)相手を批判する人間は何処にでもいる。もっと限定的に言おう。自分の優位性を主張するために対立候補を批判する人間は、Windowsユーザーにも、Linuxユーザーにも、*BSDユーザーにもいる。
LinuxコミュニティーにFDUの傾向が強く見られるというのなら、それは利用ユーザー数とLinux普及政策の功罪だろう。
よく理解していない人間ほど自分の正当性、優位性を主張したがる。だから「××イラネ」とか「○○最強」だとかを平気で宣う。(○○ OS最強説然り、HTML初心者講座然り)初心者やライトユーザーほど視界が狭く勢いあまった発言をしてしまいがちだ。このテの発言は素直に信用してはいけない。
LinuxしてもWindowsにしても*BSDにしても、事情のよくわかっているユーザーは、安易に「最強」だとか「イラネ」だとか言わないはずだ。もし言ったとしても用途やケースを限定しての場合のみだろう。
WindowsもLinuxも*BSDも「これだけあれば万人のニーズに対応できます。」なんて便利なものじゃない。アプリケーションやデスクトップ分野では依然Windows(アプリケーション)が優位だし、サーバーではLinuxが向いている場合もある。或いは*BSDやSolarisで構築した方が堅牢な場合もある。(人的資源も要素に含む)それらを度外視して「最強」だとか「イラネ」とかいうのは何か見落としている間抜けの発言だ。
私にしてみれば、LinuxコミュニティーがFUD文化だとか、*BSDが閉鎖的であるだとかは、何か見落としている人たちがレッテルの張り合いをしているだけにしか見えない。
相手と比較すること/相手を批判すること以外に自分たちの優れている点というのは主張できないものかな。もし、そうだとしたらあまりにも悲しい競争だ。
閑話休題
また、あまり*BSDユーザーが普及活動にLinuxほど積極的でないのは、*BSDがWindowsやLinux、その他の有料OSなどと違い対立候補相との対的評価を気にする必要性がなかったからだと私は思う。商業要素があまりなかったからといえるかもしれない。
*BSDは*BSDの道を歩む。LinuxはLinuxの道を歩む…で何か問題でもあるのだろうか。もしどちらかを否定したいというのならOSの多様性なんてイラネって話になりかねない。別にいいじゃない。アレはアレ、コレはコレ。別のものなんだからありのままを認めればいいじゃない。わざわざ貶す必要もない。
普及していることがよいことだとは限りません。Windowsは普及しているから便利なアプリケーションが開発されますが、強力なウィルスも次々と作られます。アプリケーションが多様過ぎて、選択肢に困ることも屡々だし。
普及していることを気にしたいのならすればいいし、気にしなければ気にしないでいい。*BSDはあまり普及自体には興味がなかっただけで、Linuxが躍起になりすぎだという話もある。まあ、普及率=優位性ではないと思うので、私にはどうでもいい話だが。
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