ADの日記: 飽きもせずにHTMLな話題だけれども
某氏への反論とか愚痴とか思いつきとかを混ぜつつ日記にしませう。
- HTMLという道具は、用途がWeb上での伝達であるということ。
- HTMLという道具は画像処理用に作られたのではないということ。
- ある道具を活用して、類似した目的のために使用することは効果的だが、本来の目的と相反する目的で使用した場合、その効果は無茶苦茶になるということ。
- あるフォーマットと、それを利用するアプリケーションの機能とは同一視できないということ。
- 何でもできるということが、何でもできる反面、非常に不便な形式になってしまうということ。
- DTPのセンスのみでWebデザインをしようとするのは無理があるということ。
- そういうDTP的な「センス」に頼った「デザイン」という言葉からは、本来あるべき「設計」という意味が抜け落ちているということ。
- DTP的なコンテンツを求めるなら、JavaScriptなりPostScriptなりFlashなり、或いは静止画・動画なりを作品として扱えばいいということ。
- JRや市営バスでも車椅子利用者などに対する配慮がなされる昨今に、健常者(特定環境)だけで便利に使えればいいという考え方は、公の場では通用しない。(ローカル環境はこの限りではない)
- コンテンツではなく、ナビゲートが特定環境に依存することは、大きな不利益であるということ。
- HTMLはコンテンツという色合いよりもナビゲートの役割が大きいということ。
- 平均に甘んじていることは怠惰であるということ。逆にあなたの言う「現在の平均値」に依存する理由を聞きたい。
いやまあ、優れた絵や色彩のセンスとやらをお持ちの方は、自分の気に入ったモノだけを相手に見せたいと思うのかもしれない。でも、そういう限定的な表現ができるメディアとできないメディアが存在することも意識すべきかと。
DTP畑の人の力は認めるよ。でも、DTPの感覚がそっくりそのままWebページとしては通用しないということ。良いモノを目指すならDTPのセンスに+αが必要だといっている。
仕事でページを作っている人たちはいろいろ大変だとはおもうが、企業もISOやらを気にする時代に、旧世代のHTML程度の技術さえ使いこなせないのは恥ずかしくないのかと。
クライアントがヨスケ(ネスケ4)を使っていて、クライアントの要望でヨスケのために泣く泣く必要最低限だけ物理マークアップをした、って話を仕事してる友人から聞いたこともある。そういう「正しい書き方を意識したけどどうしようもなく…」って話ならある程度納得がいく。しかし、某氏のようにクライアントが「とりあえず見れれば」で満足してしまうからといって、技術的にお粗末なブツを納品するがプロの仕事かと。しかも、お粗末であることは、相手の要望でもないのに。「プロ」に頼んだクライアントは、さぞかし自分のページは立派なものだと思うでしょうね。
一応、ページってのは「一般の目に触れるもの」なわけで、そういう場所ぐらい「皆さんのこと考えてますよー。ちゃんとしてますよー」とプライドを見せて欲しいものなのだが。ISOとかは気にするのにページには無頓着でいいのかw
まあ、基本的に「デザイン系」の人間の思考と私は真っ向から対立する。お互いに「自分は正しい」と思ってるから、お互いに対岸の火という感じは否めないかもしれないけど。でも、設計を意識しない「デザイン系」の人間は、利便的に、やはり害悪であるわけで(略)
飾るなとは言わない。大いに飾ってくれ。だけど、無理な飾り方をやめろといっている。
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