パスワードを忘れた? アカウント作成
624179 journal

ADの日記: 書く理由

日記 by AD

読むという行為は、しばしば書くことによって完結する。

読むとは情報を理解するために取り入れることであり、取り入れられた情報は脳内に曖昧な輪郭を形成する。しかし、この段階では読む目的を完遂してはいない。読むこととは紛れもなく物事を理解するための実行手段であり、理解なくして読むことの完結は見ない。

単純に読むこと(見ること)は、コストの小さい行動だ。それに比較して話すことはコストが大きく、書くことはそれ以上にコストが大きい。

読むことに対しては意識が受動的でいられるが、書くことは意識を能動的にしなければならない。受動的な意識の情報はBGMの如く右から左へ抜ける。一方、能動的な意識の情報は刺激とともに蓄積される。

書くことによって曖昧な輪郭は個々のパーツとして姿を現し、明確な骨格を形成する。曖昧なものを書こうとすれば、それは曖昧な文章にしかならず、それは更なる体系化を促すきっかけとなる。

書くことは苦痛である。書くことは思考を伴わねばならない。しかし、そのコストの大きさ故に、書くことには読むことを完結させるだけの利点がある──のではないか。

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
typodupeerror

「毎々お世話になっております。仕様書を頂きたく。」「拝承」 -- ある会社の日常

読み込み中...