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ADの日記: 私の意地

日記 by AD

後方互換性を信奉したり、XML化に対する不満を述べたりする私の思考の根幹にあるものは、より現実的でありたい、ということである。

1997年以前、物理マークアップが隆盛を誇っていたとき、誰が現実的な記述という権力に逆らえただろうか?そんなことができるのは、ごく一部のHTML信奉者だけに過ぎない。事実Webページの9割が腐っているのは、現実的という権力に逆らえなかったからに過ぎない。理想を実現するためのステップとして、現実性を欠いた記述は慎むべきである。ある人間の「現実的な~」という評価の前に、理想的な記述は無力である。(これはある種冷たい怒り的であるのだが。)

理想が現状より優先されるのならば、今の現状は違うものとなっていただろう。だが、実際に現状は理想より優先されてきた。現状を駆逐するためには、理想としているものが現状を駆逐するだけの合理性が必要である。現状を打開するためには、合理性をもつための土壌を整える努力をする必要がある。なぜならInfometion Technologyは、人間に利用され、人間に理解できる情報提供する便利な道具でなければならないと考えるからだ。利用できない・理解されない技術は悪貨である。

曰く、XMLは機械的処理に優れる。曰く、HTMLは後方互換性が高い。これらはある前提がなければ嘘である。

ユーザの多くは、現時点においてXMLの機械的処理というものを活用できない。あるいは、活用しない。そういったユーザにとってXMLは下方互換性を脅かす技術であるに過ぎない。検索やデータベース機能は一定の土壌が揃わないと有意義な効力を発揮しないだろう。現時点においては、多くの場合bloggerたちの自己満足に留まる、と私は推測している。(その現時点が何年も続いてることに多少の不満はある。)

HTMLがすべて後方互換性が高いかといえば、それは嘘。HTMLの文法のすべては、存在もしない幻のUserAgentたちは正しくHTMLを解釈してくれるだろうが、実際に存在する過去のUserAgentたちのいくつかが確実に腐っている。そういったUserAgentは捨てるべきではあるのだが、それらを全て蔑ろにするということはHTMLの互換性を実現しないことに等しい。とりあえずの現実的な解としては、HTMLは単純でよりStrictな理念に基づいた文法で記述された場合のみ、現実的に存在するUserAgent間で互換性が高い文書となり得る。

XMLもHTMLもそうだが、記述者としては理念的側面のみで運用することはできないのである。理想と現実の腐れUserAgentをみて、極力、現実の利便性を損なわずして理想的な手段を選ぶべきだと私は考えている。土壌がそろえば合理性という権力で新技術は隆盛するだろう。土壌が揃うまでの過渡期には劣っている現実に配慮する必要があると私は考える。

しかし、分裂症的と思われるかもしれないが現実的な記述法を信奉する反面、IEは窓から投げ捨てるべきかというのは正しいと私には思われる。あくまで、記述者としては(理想寄りな)現実的に。それ以外の場面ではより理想的でありたいと私は願う。

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UNIXはただ死んだだけでなく、本当にひどい臭いを放ち始めている -- あるソフトウェアエンジニア

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