パスワードを忘れた? アカウント作成
591943 journal

ADの日記: Web標準雑感。

日記 by AD

無関心であるならば、無関心を貫いて欲しい。

私は、Web標準に意識的な人間は『戦後』の立場からモノを考え、Web標準に無関心の人は『戦前』の立場からモノを考えていると思う。ここでいう戦とは、もちろんInternet Explorer陣営とNetscape陣営によって行われた拡張競争──いわゆるブラウザ戦争──のことだ。

歴史が繰り返されるのは、それがある個人にとって未経験だからだ。先人の過ちなど知らない人間は、先人が犯した過ちをなぞる。しかし、当人にとっては初めての経験であり、それが誤りであることにさえ気付かない。かくして歴史は繰り返される。これを解決するのは、先人と同じ道を歩む必要をなくしてやればよいというわけだ。これが現在のオーサリングツール云々に発展している。

『戦後』に生きている人間の言葉は、『戦前』に生きている人間に届かない。だから、理解してもらうためには「ココは戦前じゃない」と理解してもらわなくてはならない。このステップが上手くいかないから、Web標準の重要性を訴える人間は、荒野に革命を叫ぶ狂信者のような異端扱いをされる(ことも少なくない)。

上手くいかない原因は、何もWeb標準を主張する側ばかりではない。IEの実装に依存する(若しくは、固執する)傾向がある人間は、Webに対しての興味や関心が薄い。一部の人間にとっては「知りたくもないし、理解したくもない話だけれど、何か言われるのは癪」なんだろう。私は、熱心でない否定を快く思わない。

もちろん、Web標準支持派に問題がないとはいわない。が、Web標準を支持しない人間に、全くの非がないとはいえまい。つまり、どっちにも問題はある。どっちにも問題があるからといって、どっちも悪くないとか、どっちもどっちとか言うつもりはない。両者はそれぞれ努力すべき所はある。それだけだ。両方に問題があるからといって、「お互い様」と相殺されるようなことはあってはならない。なぜならば、それは好意による自発的な譲り合いではなく、悪質な妥協であり剥離だからだ。

理想主義=現実剥離と捉えられることが多い。反対に、現実主義=現実追従だと感じることは多い。どちらも良くないのだ。「実現不可能ではなく、現状に追従せず」が真に執るべき態度であって、両極に偏った姿勢は非難されるのが妥当だ。ゆえに、極端な理想主義が良くないからといって、現実追従が肯定されると思い上がるのは間違いだ。逆も然り。

ただ、「デファクトスタンダードに従順であれ」という主張には無理がある。いわゆる『現実』に従順であれという封殺を行うなら、その人間は、社会や制度に対して何の不満も言う資格はないのではないか。『現実』を否定するなと言うのは異常だ。身も蓋もないが「そこに問題があるのに、問題はないと言え」というのは無理だ。

デファクトスタンダードには、検証された合理性があるわけでもなければ、専門家によって検討された経緯を持つわけでもない。ただ、「それが使えたから」という惰性で続いているだけだ。検討の結果、デファクトの技術が十分に優れたものである場合もある。しかし、Web標準においては、デファクトが否定されている。もっと優れた手段があるのならば、デファクトかつレガシーな技術は駆逐されて然るべきだ。

私は、いつまでも各々のページのご機嫌に合わせてブラウザを変えねばならないような世界に住んでいたくはない。また、そのような世界に住んでいたいという奇人も、そう多くはないと思う。

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
typodupeerror

私は悩みをリストアップし始めたが、そのあまりの長さにいやけがさし、何も考えないことにした。-- Robert C. Pike

読み込み中...