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391763 journal

Brujoの日記: 怒り 4

日記 by Brujo

「それは自尊心から生まれる。
 誰かが自分にとって重要な影響を与えるという思い込みから、
 自分を防御しつづける。

 虚勢を張って相手をさげすむか、自己憐憫に酔って相手を憎むか。
 どちらも満ち足りた精神とは程遠い。
 そいつらは、その相手が自分の世界から居なくなることを
 望みながら、その相手が存在しつづけることを果てしなく望む。
 その矛盾を相手の存在故だと主張する、その根拠が無くては
 そいつらは自分の存在を維持できないのだ。

 誰かからその標的にされたと感じたなら、姿を隠すのが最善だ。
 そういう時はおまえが自分自身をそいつらの手の届くところに
 無防備に自分を放置している時だ。

 狩人は自らを狩りの対象にしてはならない。」

391761 journal

Brujoの日記:

日記 by Brujo

犬と同じではない。

冗談ではない。犬と同じような忠実さを期待して裏切られたために
彼らを呪うのは間違っているし、見た目の愛くるしさや暢気さに
気を取られて賛美するのもまた間違っている。それが猫の望むところ
かどうかはともかくとして、まんまと術にはまったわけだ。

そう。猫たちは優れた天性をもつ狩人だ。そして、人間と対等な
関係を築くのに相応しい存在だ。

猫たちが甘えた声を出すのは、慣れた人間に相対するときだけだ。
幼い猫をのぞいて、日ごろはああいう声は決して出さない。
彼らには、愚鈍な人間にはわからない秘密の生活が存在する。

彼らは人間の間で生きる。そして、誰にも知られない秘められた
信仰を抱いている。その対象が何かを我々が知ることは決して容易
ではない。彼らの生が尽きるときにはじめてそれが明らかになる。
決して彼らは人間に飼いならされはしない。しかし、人間にとって
は最も重要な友人なのだ。飼いならされる存在ではないがゆえに、
自らを境遇になげうって、時には人間に媚びるそぶりを見せる。
おろかな人間は、それにまんまとだまされるわけだ。あるいは、
近寄ってほしいと思ってない人間を欺き、遠ざける。
したたかに、自らを愚かさの中に置いても、猫は決して狩りの対象
以外のものを欺きはしない。そして、彼らが何を信頼し、何に
神聖を感じているのかは、その死に立ち会うことのできる選ばれた
人間にしかわからないのだ。

もし、仮におまえに神聖を感じた猫が居れば、彼は狩りの最中で
敵に傷つけられ、腸がえぐられるほどの重症を負ったとしても、
必ずおまえのところに戻ってくるだろう。肉体の力が尽きても、
強靭な精神力をもって、おまえの夢枕にさえ立とうとする。
そして、自分の生命をかけて、最後の友情を示すのだ。
あるいは死してなおも、友人のために戦おうとする気高い戦士も
猫の中には居る。おまえの国では特に有名ではないか?
その真摯さは生前に我々に見せた姿とは全く異なる次元に属する
気高い精神性の所以だ。だまされてはならない。愛くるしさや
狡猾な手管めいた行動にあらわされる捕らえがたい性質の奥底の
偉大な精神性にこそ人間は感銘すべきだ。

猫は己が信じたもののためだけに生きる。己が信じたものの
為であれば、それ以外の日常の欺瞞などどうでもいいことなのだ。
己の信念を全うするためであれば、嫌いな人間にすら媚を売る
ことも彼らはいとわないのだ。
そういった振る舞いは彼らにとって、明らかに自身で管理しうる
もの。優れた狩人に必要な「管理された愚かさ」を自分のものとして
十分に発揮できるのが彼らだ。そうして、彼らは人間の生活のすぐ
そばに「忍び寄って」くるのだ。

彼らは自分こそがすべてだ。そして、自分の価値観を至上のもの
であると、誰に向かっても宣言できるがゆえに、一見して愚かな
振る舞いで我々の目の前で遊ぶことができるのだ。

おまえは彼らほど巧みに、そして気高くおまえは生きられるか。
自らの信念を決して曲げずに、しかし現実にはしたたかに生きる
ことが出来るか。おまえは彼らの友人たる資格をもつ存在か。

猫を愛撫し、あるいは嫌悪するだけでは彼らを理解することは
決して出来ないのだ。

391760 journal

Brujoの日記: 師の言葉 4

日記 by Brujo

「おまえはいつも私が実在するかどうかを気にしている。
 そんなことより、おまえ自身が実在するのかどうかを気にして
 みてはどうなんだ?」

「テレビのドラマのような現実を夢見ているな。
 やめるんだ。チャンネルを替えて、電源をきれば終わるような
 そういう現実におまえは生きていたいのか?そういう世界に
 描き出される喜怒哀楽や愛情みたいなのがほしいなら、おまえも
 ブラウン管の中に放り込まれればいいのだ」

「いくら誰かが狂っているように思えたところで、造物主の狂気
 にくらべればかわいいものだ。なにしろ、無からすべてを創造
 したんだからな。わかるか?無というのは最上の完全さなのだ。
 誰も頼る必要もなければ、誰かの存在で自分の実在を対比して
 実在を示す必要も無い。その完全さから、不完全な世界を作る
 なんて、全く狂気だ!」

「リアリティはひとつだけなんて幻想は捨ててしまえ。
 誰かのリアリティを否定するなんてことも止めてしまえ。
 誰かと誰かが全く同じ現実を生きているなんて幻想だ。
 幻想を止めなければ、自分のリアリティと他人のリアリティの
 どちらが優位かということばかり考えてしまうぞ。
 それは巧みな罠なんだ。」

391755 journal

Brujoの日記: Newmoon::stream

日記 by Brujo

新月や満月をはさむ前後に、事故などが増えるという事実がある。
その時期に瞑想を勧める教義が多いのも、生き物としての人間の
そういう性質を知ってのことだろう。
だが悪いことだけではない、感受性を適切に誘導することができれば
有益にその性質を利用できるわけだ。この時期に今まで気づかなかった
ことに気が付くということもあるが、それには何らかのテクニックが
必要でもある。

11/24新月。ここ数ヶ月の間に自分の感受性が研がれていくのを感じ
ていたが、この新月の期間は居場所を移すための日程に設定したこと
に後で気がついた。おそらく、私はそこに何があるのかをこの期間の
感受性で最初に感じておこうと本能的に思ったのだろう。
移転に忙殺されないように、荷物は最小にとどめるようにしていたが
それでも落ち着いて瞑想できる状態ではなかった。
数日たった今もまだ精神的なざらつきというか、細波のような不安定
さを感じる。唯一夢を見ているときだけが落ち着いた時間だったか。

移転先の古い家屋の中。夢のなかでその家の中にいた。
低く暗い色をした天井、薄ら明かりだけの部屋の中に充満する
カビの臭いにインセンスの香りが混じって不快だった。

家の敷地の半分に水脈が通っている。その湧水は沢蟹が居るほど清浄
だった。しかし、その通り道の上にある家屋は湿気を含んでしまう。
締め切っているとカビが生え、部屋の中も傷みが早い。
だが、水にとってもそれは望んだことではない。水は私の意識に対し
夢を通じてメッセージをもたらした。水の合理性が私に何をなすべき
か伝えたのだ。
床下は屋内の土間側で開放されている。だが、家を締め切ってしまうと
そこで湿気はよどむ。窓を開け、風を通せとそれは伝えた。
そして私はそのとおりにした。

カビの臭いは半日で消えた。そして、裏庭の井戸のあるあたりからは
夏場によく嗅ぐことのある清涼感のある水辺の臭いがした。この時期に
その香りをかぐことはあまりないのだが。
嗅覚に訴えて、その水脈は私に選択の適切さを伝えたのだろう。

391753 journal

Brujoの日記: 明晰さ

日記 by Brujo

ある種の力により明晰さはもたらされる。いや明晰さがひとつの力というべきか。
それはわれわれが知りたいと思っていることについて何でも答えてくれる。
その力はすばらしい。だが、大きな欠点でもあるのだ。

明晰さの最大の欠点は「我々が知りたいと思っている事」にしか答えてくれない
ということだ。そしてその答えを得るために我々はエネルギーを使う。
そして明晰さそれ自体はエネルギーをもたらさない。

明晰さは人気の酒場の腕のいい女主人のようなものだ。手元にお金があれば、酒場の
中で彼女は我々の望みをなんでもかなえてくれるだろう。多くの者は、その酒場で
自分が何もかもをものにできた存在のように自分のことを思うかもしれない。
しかし、お金が無くなれば彼女は次第に冷淡になりやがて店の外に容赦なく放り出される。
そのとき、我々は手元に何がしかがなければその酒場に入ることはできないのだという
事を改めて知る。酒場でのもてなしに耽りすぎたことで、手持ちを新たに得るような努力
を怠ってしまっていたのだと気づく。
もっとも、その酒場に入るにはそれなりの元手がないと門前払いなのだが、ある種の人間
の犯す過ちはその元手があたかも最初から自分に無尽蔵に与えられているものだと誤解
してしまう。そして、店から放り出されてもそのことに思い当たらない。
手元にそれが無いにも拘わらず、店の外で自分がいかにその店で重要に扱われていた
のかを吹聴して回るわけだ。しかし、だれも彼の言うことなど本気で聞きはしない。
彼は文無しだって事は見れば判る。

酒で身を持ち崩す連中と自らの明晰さに耽った挙句にすべてを失う連中はその点で
似ている。その明晰さを得るに必要だったエネルギーがどこから来たのかについて
目覚めていなければ、明晰さはやがて我々の元を去ることになる。

いかなる明晰さや鋭い洞察も、それらを与えてくれる力の源の存在を感じて、それとともに
在ろうとしつづけない限りはやがて単なるほら話にしかならなくなるのだ。短期に強力な
体験をして悟りを得たと思っているはずの多くの人間が、やがてどうしようもない低迷に
苦しむのはそういうわけだ。

391750 journal

Brujoの日記:

日記 by Brujo

犬は人間にもっとも近い場所にいる、我々をもっとも理解
する友人であり、そして偉大な教師だ。

遙かな昔、人間はこの動物を飼い慣らし、自らの目的のために改良したと言われている。
猟犬として、番犬として、牧羊犬として、愛玩動物として。
そして、彼らは有史以前から人間にとってもっとも身近にいる友人として、
存在し続けてきた。

彼らは自らの生命に降りかかる一切を否定せず受け入れる。
冬の寒さ、夏の暑さ、空腹、心細さ、それらを否定せず、目の前に現れる災厄にも
全身全霊を持って戦い続ける。彼らは忍耐をもって外れることなく歩み続ける。
彼らは自らの道をよく知っており、それ以外の道など存在しない事を生まれたとき
から知っている。

そして主から与えられる餌に空腹を満たされる至福を感じ、主と歩く道に喜びを
感じ、そして一晩姿を見せなかった主が小屋の前に姿を現した瞬間に世界を作り
替え、主の命じに従うことに喜びを感じる。犬は自分の世界を自分で創造できる
事を知っている。一瞬一瞬がその時だということを知っている。

彼らの忍耐強さ、謙虚さ、忠実さの源は、彼らに主なるものが存在するからである。
彼らの美徳は主の存在をもって最大に発揮される。しかし、彼らが単なる野生の
生き物であったときにはそれらの天性は殆ど知られなかったのだ。最初に、彼らの
天性を見抜いた知者が現れるまでは。

人間はその彼らの天性の洗練を見るとき、汚れのない心に癒され、己のさだめに
対する誠実さから深い感動にうたれ、幸福を感じ、己を振り返る事ができる。
彼らを人間が友人とできるのは、その天性によるものだ。
犬と人間の間の深い絆は、どちらかが欠けても生み出されなかった。
我々は彼らを隷属させるために飼い慣らしたのではない。彼らから学ぶために、
彼らを身近な存在として導いたのだ。
そのことに思い当たるとき、犬は人間にとってもっとも身近で偉大な教師となる。

知恵あるものは自身の周囲に広がる世界を感じ取る。我々の生きる上での重要な
指針を人間は犬を通じて知るのだ。我々にとって「主」たるものが何者か
を知る事のできるものは、それに誠実に、忍耐をもって歩み続ける事の価値を
人間とそれを越える大いなるものとの間の関係に見いだすことができるだろう。

そして、犬はそうなるべくしてこの世界に生まれてきた。我々と大いなるものとの
関係の比喩を我々にもたらすために存在している。

我々を見つめる彼らの目を見よ。
我々はそういう目をして、この世界に存在しているものを見ることができるか。
彼の目を通して、我々に大いなるものが語りかけていることを知ることができるか。

391749 journal

Brujoの日記:

日記 by Brujo

人間は自分にあまりに意識を集めすぎると病気になる。また、自分から
意識を逸らしすぎても病気になる。
人間の精神や身体が、大いなるものを体現するためのチャンネルである
事を忘れてしまった状態が病を生む。様々な身体症状の多くは、そうした
忘却が招き入れるものだ。そして、それらはいずれも一時的なもので、
人間は本来そうした症状を寄せ付けない力を持っている。

多くの病的な身体症状はそれらの忘却状態の継続によってもたらされており
現代の人間の多くは、自分自身に意識を集める遊びや自分を忘れた振りを
する遊びに耽っている。その遊びの中毒症状が目眩や疲労感などの症状に
つながっていることに気がついていない。

それらの病で命を直接落とすことはない。
命を落とすような病は病ではなく運命と呼ぶ。だが、そうした中毒状態を
継続させることでその人の運命が徐々に形作られていく。

未来を造り運命を創造する能力を持っている事を思い出せ。

391748 journal

Brujoの日記: Crows and Kite

日記 by Brujo

動物たちの行動の多くを人間は装置論的な本能や偶然という言葉
で説明しようとする。だが、彼らも我々と同様に肉体を持ち、
精神や魂を蔵している生き物だ。彼らが我々と関わり合う時にも
偶然はあり得ない。彼らの意図の元に、そうした出会いは起こる。

この谷には様々な鳥たちがいる。
フクロウは夜に深く悲哀に満ちた声で鳴く。カケスが騒がしく鳴く。
カラスは多い。しかし日によっては全く姿を見かけないときもある。
いまはヒヨドリたちがやってきてさえずっているが、トビは見あた
らなかった。先日までは。

カラスは、もっともにぎやかに私の周りを飛び回っているが、その
カラスの中に二種類あることに私は気がついていた。乾いた高い声の
カラス、そして低く深い潤いのある声のカラス。
数としては後者が少なく、よくこの谷にやってくるのは一羽だけだ。

満月の近づいたある朝、遠くその声が聞こえ、瞑想の中で私は
彼からの友情を感じた。静かにその友情に応える事を試みる。
「友達だというのならもっと近くに来い」と呼びかけてみる。
遠かったカラスの声が突如家の屋根の上で聞こえた。彼は私に応えて
家の上を旋回したのだと解った。彼からの声が聞こえた。
「外にでよ」
裏口から彼の姿を確かめた。
「おまえに新しい友達を紹介しよう」
カラスはさっと身を翻すと、悠然と飛び去った。彼が身を翻した
先にたっている電柱の上に、若いトビがとまっていた。
背中をこちらに向けていたが、首がこちらを見つめていた。
私もしばらく彼を見ていた。なかなか飛び立とうとしないその若い
トビは何かを躊躇しているように見えた。10分ほどそうしていた。

その夜、ここしばらく連絡を取っていなかった友人から電話を受ける。
悩みを抱え、私に意見と経験談を聞かせて欲しいという内容だった。

私はその日の朝に起こった出来事の意味をその時理解した。
飛び立てず躊躇していたのはその友人だったのだ。
私がすべきことがなにか、その出来事は明確に示唆していた。

それからもトビがこの谷にやってくることは、相変わらず少なかったが
今朝は半月ぶりに対面した。メッセージを持って挨拶に来たらしい。
私も彼の友情に答えた。
彼が今日何を私に示したのか、動き始めた一日の中でおそらく私は
知るだろう。

391746 journal

Brujoの日記: 時間

日記 by Brujo

過去から未来へ流れていると考えるのは愚かしい。
我々を含む生き物のいくつかがそういう前提を用いて、
我々は特に因果律という道具だてでそれを補強した。
それがこの世界を把握するための戦略として、そこそこ
成功しているというだけだ。別な戦略もあり得る。

ある事象からどの事象が誘起されるのかは事象の間に
存在する力の強弱関係による。我々が把握できない力によって
それが定まった場合にそれを「偶然」と呼ぶ。
その中には結果と原因の順序が逆転したかのように見える
事もある。そういった出来事を切り捨てるべきではない。
我々の戦略によって網羅しきれなかった分野がそこにある。

「偶然」は無いと考える。

未来が現在によって作られることもあれば、現在が未来に
よって作られる事もある。
過去も無限にあるし、未来も無限にある。

多くの可能性が交差しあうなか、無限に事象が配置された
空間の中を、それぞれの存在が認識したルートで並列に
進んでいる。

ある存在の時間認識が我々のそれと異なるという事もある。

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にわかな奴ほど語りたがる -- あるハッカー

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