ChaldeaGeckoの日記: 魔法少女まどか☆マギカ さやかさんのストーリーの比較
まどかマギカのさやかストーリーは、テレビシリーズでは、さやかさんが孤立していく様を描いていますわ。
さやかさんが孤立するのは、他人にひどいめにあわされたからですの。杏子さんに殴られた、まどかさんが説教かました、仁美様が上条くんをとった、上条くんがさやかさんを犬みたいに捨てた、ですわ。
実際は、まどかさん、仁美様、杏子さんがさやかさんを気づかう場面が多くあり、本当はみんながさやかさんを大事に思っていることが観客のみなさんにはわかりますが、さやかさんは孤立するあまりそれに気づきませんの。
後悔しないことだけを支えに生きてきたさやかさんも、お友だちをみんな呪ってお亡くなりになりましたの。お友だちを呪ってでも後悔はしない、というのが正しいかしら。そりゃ孤立もしわすわね。
作品の文脈は、この「さやかさんが後悔しない」「さやかさんが他人を呪う」で、最後まで一貫していますの。この文脈のもとでセリフを見ていくと
さやか:だってあたし、もう死んでるんだもん。ゾンビだもん
さやか:いまのあたしはねえ、魔女を殺す、ただそれだけしか意味のない、石コロなのよ。
さやか:魔女に勝てないあたしなんて、この世界にはいらないよ
さやか:ねえ、この世界って守る価値あるの?
というスライスが考えられますわ。世界を守るのは正義の味方ですの。これに意味がないということですわ。よく見ると、「石コロ」と「いらないよ」には温度差があり、さやかさんはますます思い詰めているようですわ。
さやか:だれかのしあわせを祈ったぶん、ほかのだれかを呪わずにはいられない
だれかのしあわせを祈るのも、正義の味方ですの。正義の味方に意味がなかったと言っているのだから、これは、なんの意味もないことをしようとして、大切なお友だちを呪ってしまったということでですわ。
さやか:あたしって、ほんとバカ
さやかさん、いまごろお気づきになりましたの。
マンションの通路で使い魔退治なんかしてたのも、少しでも自分の存在意義を見つけたかったから、ということになりますわ。マンションの通路の場面は、もっともテレビシリーズらしい場面で、劇場版でまるごと削られたのも当然ですの。
劇場版のストーリーは、さやかさんの価値が下がっていく様を描いてますわ。
テレビシリーズの、さやかさんが大事にされる場面が大きく削られ、残ったのは廃教会と、さやかのマンション前だけになりましたの。これで孤立という人間関係から、さやかの価値へと焦点が移りましたわ。
こちらのさやかさんもひどいめにあって、自分の価値、というか自尊心がどんどん下がっていきますの。劇場版のさやかさんはウソつきにされたので、自尊心がより下がってますわ。
さやか:ねえ、この世界って守る価値あるの?
劇場版では
さやか:魔女に勝てないあたしなんて、この世界にはいらないよ
が場面ごとなくなったので、「この世界」はさやかが直前に見た世界、仁美様が上条くんとおつきあいする世界を指しますわ。だから仁美様や上条くんを呪ってはいませんの。「この世界には守る価値がある」と「自分には価値がある」は同じことですの。さやかさんは正義の味方ですから。
さやか:だれかのしあわせを祈ったぶん、ほかのだれかを呪わずにはいられない
ほかのだれか=自分自身ですの。劇場版ではさやかさんが他人を呪う場面がありませんの。
さやか:あたしって、ほんとバカ
これは単純に、杏子さんがさやかさんを大事に思っていることに気がつかないバカだったということですの。廃教会の場面の追加カットがそれを裏づけていますわ。
他人を呪って苦しむのは、哀れではあるけど醜いですの。さやかさんがカワイイからさまになっているだけですわ。自分を呪って苦しんでも、他人は呪わないのは美しいですの。劇場版のさやかさんも嫉妬に苦しみますが、友だちの仁美様のしあわせを祈っていますわ。劇場版のさやかさんのストーリーでは、たぶん楽しく語らう仁美様と上条くんを見るさやかさんが一番の見どころですわ。テレビシリーズでは、「あたしって、ほんとバカ」でしょうけど。
でも仁美様を腹黒にしたのは許せませんわプンスカ
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