ChaldeaGeckoの日記: まどマギはどうなの?
まどマギ劇場版に
さやか:どぅりゃあああ!!
と、仁美の告白をのぞき見したあと、使い魔退治をするときに、海の泡がさやかの涙に見える場面があるルン。ここで「恭介のため」というウソがホントになり、仁美と恭介がつきあう世界を守る決心をしたルン。ここはテレビシリーズも一見かわらないのだが、こちらのさやかはウソつきではないから、なにも償却しないルン。さやかはなにも悪くないのに苦しみ損だルン。
(さやか、涙をこぼす)
さやか:あたしって、ほんとバカ
劇場版のさやかは、世界を守る決心をしたのに、恭介に犬みたいに扱われたと誤解したルン。物語では誤解もウソだルンから、「あたしって、ほんとバカ」ではこの誤解を償却したルン。しかし彼女は魔女になってしまったので、あるはずの未来がないルン。ということは、杏子がさやかの未来を受け取ったのだルン。杏子が受け取ったものはさやかの命まるごとの値打ちがあるルン。しかし杏子はそれを受け取らず、さやかを生き返らせようとしたルン。
杏子が受け取らなかったのは、自分にはもったいないからだルン。でもさやかは完全に魔女かしていて蘇生の見込みはなかったルン。だから自分の命で帳尻をあわせて、ほむらとまどかに差し出したルン。まどかは自分以外にマミの分の命も持っていたルン。
最終的にまどかは魔法少女全員5人の命をあつめて、それで家族3人と仁美と恭介をワル公から救って帳尻があうルン。同じ神様でも、劇場版ではウソをついたから永遠に苦しみ、テレビシリーズはしあわせな神様になったルン。もっともまどかは願いをかなえる魔法のしっぺ返しをくらってほむらが地獄に落ちてしまったルン。宮本監督が叛逆の物語は劇場版の続きだと言うのはこういう意味だルン。ちなみに叛逆の物語の叛逆とは
キュゥべえ:その祈りは…そんな祈りが叶うとすれば、それは時間干渉なんてレベルじゃない! 因果律そのものに対する叛逆だ! キミは本当に神になるつもりかい?
これですルン。
テレビシリーズと劇場版を見比べると、後者がトリックをしかける場所が都合がよすぎ、あらかじめ用意されていることがわかるルン。テレビシリーズでは「仁美はさやかに恋している」こと以外は見たままの解釈しかできないルン。劇場版でも腹黒というより、留学を控えた仁美がさやかを焚きつけて恭介に告白させようとしただけ、だルン。魔法少女の性格は、マミがまだわからないが、さやか、杏子、ほむら、まどかと全員、性格が反対になってるルン。だからテレビシリーズのごほうびは仁美の恋、願いをかなえる魔法のしっぺ返し、劇場版のごほうびは、魔法少女の性格、杏子とほむらの恋、ほむらの地獄落ち、魔法少女は他人を呪わない(呪うのは自分だけ)ということだルン。
だがしかし、ほむらはどうもまどかを性的な目で見ているようなんだルン。ほかの連中がどうだかわからないが、友情と恋と性がバラバラだという可能性があるルン。
さやかの場合は分岐点は、土手でのまどかとの会話、杏子とほむらは別れのシャッターの場面、まどかは避難所での母親との会話、だルン。まどか以外はプリキュアよりずっと気づきやすいルン。(それでも慣れてないとむちゃくちゃ難しいのだがルン)
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