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日記

ChaldeaGeckoの日記: 偶有性

日記 by ChaldeaGecko

偶有性というのは偶然を必然とみることで、nowhereをnow hereと読んだり、rememberをre-memberと読んだり(けもフレ2)、文学の常套ネタだルン。
ただのダジャレじゃねーかと思うだろうけど、その通りだルン。文学はダジャレが大好きだルン。まあダジャレ以外にも偶然の一致ならなんでもいいんだルン。

偶有性は「無関係だけどたまたま同じなふたつのもの」を「ひとつ」に減らせるルン。これは涙で片方を償却するのと違って苦痛はいらないルン。物語の論理は交換が基本で線形性があるけど、公理として涙や偶有性があって、ウソついて増えた「もの」を減らすようになってるようだルン。日常の論理はアリストテレスのやつで、線形性はなく、おなじものを繰り返して使ったり、いらなくなったら捨てられるようになっているルン。人類学の贈与論は物語の論理みたいに交換が基本だけど、アニメを見るのにそこまでしなくていいルン。〇ビも知らないし。
線形性というのは
A. 100円でコーラが買える
B. 100円でコーヒーが買える

・100円持っている
をくわえると、AもBもなりたつけど、AとBは同時には成り立たないという性質のことだルン。コーラとコーヒーを両方欲しいなら、200円用意する必要があるルン。100円は使ったらなくなるけど、手に入れたり捨ててしまうには特別の操作が必要だルン。これにたいしてアリストテレスの論理学では
・〇ビちゃんはかわいい
という命題は真か偽であって、真なら何回でもその事実を使えるルン。一回ほめられたらかわいくなくなるなんてことはないルン。
物語で言えば、一回ウソついたら一回責任とってチャラにしたいルン。一回ついたウソの責任を何回も取らされたら物語が成立しないルン。偶有性というのはこの場合、ウソついたけど結果オーライで責任とらなくていいことだルン。個人では負いきれないような巨大な責任の場合は涙では贖いきれないから、作者はなんとかこの偶有性でチャラにするよう物語を作るルン。

で、なぜ文学でnow-hereやre-memberみたいなダジャレが重宝されるかというと、ストーリーだけで偶有性を示すのはたいへん難しいからだルン。けもフレ2だと、ヒトの犯した大罪と、サーバルがかばんについた「また会おうね!」というウソをre-memberの偶有性で等しいものとして、ヒトの罪を消してしまい、サーバルの涙で全部チャラにしたルン。あとはサーバルがウソつくのが自然になるよう、物語を作っていくルン。サーバルは人間にならないとウソつけないし、ウソつかないと人間になれないしで、わりとアクロバティックなアニメだったルン。そのかわりかばんは死ぬけどね。ヒトの罪とサーバルの涙が等しいわけねーだろと思うあなたは文学に向いてないルン。なぜなら文学はそういう強引さで成り立ってるルン。

さて、偶然に必然を見出すのは人間の自由意志のはたらきだと思われているルン。自由意志は、どれも同じような可能性からひとつ選んでそれに決め、それを必然だと思うルン。晩飯にカレーとラーメンのどちらにするか考えて、今日はカレーを食べたい気分だと思って選ぶ、そんな感じだルン。でもカレーを選んだのは自分の責任だから、マズかったからといって(店以外の)だれかを責めることはできないルン。物語の責任はウソで発生するから、現実世界の自由意志と物語世界のウソは対応してるルン。

さて、テッド・チャンのWHAT'S EXPECTED OF US(全訳)という小説がこの自由意志とウソの話をしているルン。解説もあるルン。

自由意志を持っているふりをしろ。きみたちの決定に意味があるかのようにふるまうことは本質的だ。たとえそうでないと知っていても。事実は重要ではない。重要なのはきみたちが信じることと、そのウソが、覚醒している昏睡状態を避ける唯一の道だと信じることだ。

テッド・チャンはひとひねりしていて(偶有性の逆関数というのを考えている)かなりおもしろい小説だけど、このへんの事情を知っていないと、なぜ引用部みたいなことになるのか、理解不可能だルン。テッド・チャンはもうすぐ翻訳がでるけど、人生をムダにしたくないなら買わないほうがいいいルン。

アニメを見てると「そんなことするから痛い目にあうルン」と思うことはしょっちゅうだけど、物語の人物はあたり前だがほかの道は選べないし、その意味では自由意志はないルン。でも視聴者にはさも自由意志があるように見えるルン。それは人物がウソをついたり誤解したりするからだルン。自由意志による決定には人の性格が反映されるから、アニメの女の子はウソと誤解に人物の性格があらわれるルン。とくに、自分につくウソ、欺瞞が見どころルン。仁美とさやかはどちらもウソつきだから、比較するといいことあるルン。けものフレンズにはそういうところが皆無だったルン。サーバルもアライも中身はおんなじだルン。けもフレ2は最後の最後にサーバルにウソをつかせたルン。美少女動物が人間になった瞬間だルンよ。あとカラカルもキュルルに恋をしたルン。現実世界でも恋は人を人間らしくするルン!相手は虹でいいルン!オヨ~

けもフレ2がre-memberの偶有性を使っているにしても、"remember"も"re-member"も、直接描かれてはいないルン。それをなんとか読み取って、ことばにしたらrememberやre-memberという単語がでてくるルン。逆に言うと、すぐrememberやre-memberがでてくるようでは、偶然の驚きも小さいルン。
物語の論理であれ、日常の論理であれ、正しいものは正しいし、間違っているものは間違っているルン。偶有性は「あなたの好きなほうを選ぶルン」と言っているルン。どちらを選んでも正しいし、捨ててしまうものもあるルン。エロゲーの選択肢みたいなものだルン。せっかくだから、自分の責任で、おもしろいほうを選ぶといいルン。これは錯覚の一種で、脳にパターンが焼きついてしまい、他方を選びなおすのはほぼ不可能だルン!

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身近な人の偉大さは半減する -- あるアレゲ人

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