ChaldeaGeckoの日記: 映画「ジョーカー」
昨日につづいて、映画「ジョーカー」でもやってみるルン。〇ビはバットマンの映画はこれをふくめてひとつも見てないので、あらすじにもとづいたルン。
アーサーのウソ(願望や妄想)の対象は、母親ペニー、隣人ソフィー、司会者マレー、父親トーマス・ウエインだルン。(ペニーが実母)など4つの(偽りの)の真実をアーサーは持ってるルン。
このうち(ペニーが実母)は手紙と、(ソフィーが恋人)は彼女とのキスと、(マレーの評価)は暴徒に助けてもらったときに自分の命と交換したルン。ジョーカーの手元に残ったのは(トーマスが実父)という真実だルン。
事実が明らかにならなかったのも、ウエインだルン。見てないけど、精神病院はどうともとれるよう含みをもたせてるんじゃないルン?謎を謎のままにしておくしかけだルン。
ジョーカーはバットマンを実の兄弟だと思ってるルン。それは事実か妄想かはわからないけど、ジョーカーがそう思っていることだけは間違いないルン。それがバットマンの他の映画にキラキラをあたえるルン。
観客も評論家も、答えを欲しがるやつはみんな釣られてるルンね。
(町山智浩)ジョーカーに同情するなんて……(笑)。だから見ているうちに観客はみんな、ジョーカーの中に入っていくんですよ。一体化していくっていう、非常に危険な映画ですよね。
この映画に限らないけど、見る側まで物語の論理に取り込まれてしまうとかならず釣られるルン。物語の論理とは、殺人を「ひどい目にあったんだから」と納得させる暴力の論理、カタルシスの論理にほかならず、暴力の論理で見たものを、日常の論理で根拠づけてしまうと町山みたいなトンマなことになるルン。ジョーカーの監督は、暴力的な映画を見るときに平和な日常の論理を失わず見ろといってるルン。人を殺すのは不幸なことだと覚えておけといってるルン。そうすれば、人を殺してアーサーが失ったものが正気だということは、読解ツールなんてなくてもすぐわかるルン。
この映画はうる星BDみたいに観客を幻惑するけど、観客が真実を見ようとしないのは35年たっても変わってないルン。というか人類が総オタク化したルン。
あらすじだけでわかるのは、これがしっかり構成されたいい映画なことの証拠だルン。人殺しを応援してしまうのはハピネスチャージプリキュアとおなじだけど、精神病院なんてださずにやったプリキュアのほうがずっと上手だけどなルン!日本のアニメ、なかでも東映アニメーションはたぶん世界でいちばん暴力を描いてきたから(親会社の東映もだルン)、それがどういうものか世界でいちばんよく知ってるんだルン。
みんなもプリキュアとまどマギとけもフレ2を見るルン。文学界のファインマン物理学だルン。
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