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日記

ChaldeaGeckoの日記: 二つのテクニック

日記 by ChaldeaGecko

セリフの人物の入れ替え セリフの意味の反転とうテクニックを紹介しました。これらは「他人の立場になってみる」「本当のことを言えない」「考えを改める」というごく一般的な考えに基づく作劇術を逆にしたものです。セリフ単位ではなく、場面というブロック単位で行うのがミソです。

杏子:足手まといは連れたまま戦わない主義だろ
杏子:いいんだよ、それが正解さ

これが杏子の本心ではないのは明らかですが、おなじ場面にある

杏子:なんだかな…あたしだって今までずっとそうしてきたはずだったのに

も反語になっているので、場面全体が反対の意味になっているということです。「今までずっとそうしてきたはずだった」なら「今までずっとできていなかったし、今もできていない」と「今までずっとできていなかったが、今やっとできた」の二通りがあり、それぞれテレビシリーズと劇場版に対応しています。発声のニュアンスも異なり、前者は苦しそう、後者はうれしそうな感じです。映画の文脈が頭にあると、後者を思いつくのはちょっとしんどいです。

さやか:あんた、まだついてくるの?

さやか:いちばん大切な友だちさえ、傷つけて

これは「自分はもう杏子に心配される資格はない」「自分はもうまどかの友だちでいる資格はない」

さやか:だれかのしあわせを祈ったぶん、ほかのだれかを呪わずにはいられない
さやか:あたしたち魔法少女って、そういう仕組みだったんだね

これは「だれかのしあわせを祈ったぶんよりもっと、自分を呪わずにはいられない」
という意味ですが、さやかはこの期に及んでもはっきりものを言わなかったり、仕組みのせいにしています。おなじ場面ではおなじテンションだから、まとめて意味を逆にすればホンネがわかるし、機械的にやることで思わぬ真実を見つけることができます。逆に言えば、発言の深読みをすべきか否かも機械的に決まります。

エールとミデンの入れ替えでは

みんな:美味しいもの食べたり、買い物行ったり、はぐたんのお世話したり
みんな:ピクニック行ったり
みんな:泣いたり、笑ったり、怒ったり、驚いたり
みんな:キラッキラのまぶしい思い出、今からたっくさん作ろ!
はな:今から…
みんな:うん!
はな:ボクは、もう、憎しみの塊なのに
みんな:だいじょうぶ、未来は今から変えられるもん
みんな:なんでもできる、なんでもなれる
みんな:フレ、フレ、はな

亡霊のミデンがこのセリフが言うのはちょっとおかしいので、ミデン-カメラ-みんなという連想で、みんなに置き換えました。この置き換えは「死者は生者を守る」といういつものテーゼにほかなりません。会話の内容はまさにテレビシリーズそのものになっていますが

はな:ボクは、もう、憎しみの塊なのに

というのは、テレビを見ていてもちょっと想像できないことです。これはいじめっれっ子の心境の一般論で、はなも間違いなくそうだった、と言えるわけではありませんが(テレビシリーズでそういう描写があるかも)、「プリキュアだから」という先入観があると、考えがいたらないことです。

みんな:だからはな、今日はあなたと出会ったことも、いろいろあったつらいことも
みんな:きっと、また思い出になる
みんな:未来でわたしたちに勇気をくれる
みんな:そうを教えてくれたのははな、あなただよ
みんな:はながみんなの思い出をつないでくれたから
みんな:そう信じられる
みんな:ありがとう、はな
はな:ありがとう
みんな:約束するよ、はな
みんな:これとおなじくらい、ううん、もっともっとたくさんの思い出を
みんな:一緒に作ろうね!

エールはミデンの中に入ってみんなの思い出に直接触れなければ友だちを信じられませんでしたが、こう変換するとことばが生き返っています。これが思い出を写すカメラの機能であり、「死者は生者を守る」が、具体的にどう守るかです。つまり、友だちを信じられなくても、思い出の写真を見れば友だちのことばを信じられるようになる裏には、死者の守りがあるということです。「この世界の片隅に」でいうなら、友だちを信じられないのは「歪んどる」で、死者(リンなど)が生者を「歪んどる」から「まとも」へ連れて行くことにあたり、生者が死者を覚えていることは、HUGキュアではミデンを修理してはなが使うことにあたります。プリキュアと「この世界の片隅に」は根っこで通底しています。

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192.168.0.1は、私が使っている IPアドレスですので勝手に使わないでください --- ある通りすがり

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