ChaldeaGeckoの日記: 映画『聲の形』終盤のグラフなのです
西宮さんの本当の問題は聴覚障害ではなく「嫌われたら死ぬ」ことで、植野さんはアスペルガー以前に「自分が嫌い」というのが問題だったのです。どちらもかあちゃんとの関係の問題なのです。やっぱりお似合いのメンヘルなのです。これが一目でわかるグラフを作ったのです。
映画『聲の形』終盤のグラフなのですを書いたのです。映画の終盤を無向グラフにしたのです。映画の構造がまるわかりなのです。
人物の心情を無視してグラフを描いたら、物語のパターン読解とおなじ結果になったのです。しかし!きちんと読解したときとは似ても似つかぬ結果なのです。
まともな文学作品に、パターンをあてはめるといかにカスな結果になるか、一目瞭然なのです。本来はきちんと意味のある演出が、パターン読解だと、そこから意味をくみ出せないのです。
植野:「あたしは、みんなに迷惑かけて」
植野:「とっても傷ついたので」
植野:「自殺しようと思いました」
植野:「ごめんなさい」
植野:か
これもたんに植野さんが西宮さんを罵っただけになるのです。それ以上の含みがある可能性を考えられなくなってしまうのです。なぜならパターンにそって考えると、読者は先が読めてしまい、思考回路が固定してしまうのです。本来はバカでない人までバカになってしまい、しかも「先を読めたオレはエライ」と思ってしまうのです。
それを避けるには、先を読むことはせず、植野さんがなぜこんなことを言ったのか、立ち止まって考えなければならないのです。
『聲の形』がユリ映画だということは、お向かいのお姉ちゃん(下の名前で呼んでくれる)に誓って確実なのです。〇ビの間違いも見つかったのです。佐原さんと川井さんを忘れていたが、この二人の愛撫スキンシップが植野さん西宮さんの自尊心を引き上げてくれるのです。だから最低ではなく最高のユリなのです。
グラフの、黄色の「植野さんが弱っている」と、緑色の「西宮さんが弱っている」が合流する
植野:あたしさあ、ダメなやつなんだ
植野:(西宮さんが)こんな状態になってやっぱり
植野:よけいに
植野:西宮さんのこと好きになれなくてさあ
植野:……ならなくてもいいのか……
このセリフが作品の要になっていることや
「西宮さんは『嫌われると死ぬ』子」が、一周回ってきて、佐原さんと川井さんのスキンシップで自尊心が高まることが、グラフにすれば一目でわかるのです。足りないところもすぐわかるので、頭の中であーでもないこーでもないとかやるより効率がいいのです。
小学生の植野さんのシャツの柄は、縦に割った黄色いりんごなのです。汁も飛び散ってるのです。なんでエロになると急に下品になるですか……
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