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日記

ChaldeaGeckoの日記: コンピュータに意識はあるのか? 9

日記 by ChaldeaGecko

意識とはなんぞや、とは問わずに素朴に考えると

  • 脳のはたらきが生み出す

というのがいちばん常識的だろう。とすると

  • 脳のどのはたらきが関与しているのか
  • そのはたらきがなぜ意識としてあらわれるのか
  • 脳以外の情報処理システムでは、意識はあらわれないのか

といった疑問がわく。この三つの疑問はわけて書いたが、おそらく別々には答えられない。

🐾🐾🐾

推論のはたらき一般についていえば

の三つがある(これで十分なはず)。世間とは異なり、犬っちはアブダクションは演繹の方向の逆転したものだと考え、脳の情報処理の双方向的な仕組みから、ひとつにまとめている。

同定
AというものとBというものをおなじだと判断する。プログラミング言語でもequals()メソッドのように自由にオーバーライドできるが、人間の脳も柔軟に判断する。
りんごと梨のように、似ているものも「場合によっては」おなじとみなす。ことばでは、「わたし」と「俺」のように、おなじだけどなんとなく違うと感じる。これを拾うのが修辞(学)だ。
推論が成功すると、この場合では「AとBはおなじ(似ている)」と判断すると、脳が快感を感じる。このはたらきをさしあたって感性(のはたらき)と呼ぶことにする。はたらきから感性を定義しており、世間の使い方とは違うけど、まあだいたい「おなじ」はずだ。逆に言うと、「おなじ」だと思えないものを他人に「おなじ」だと言われると苦痛を感じる。いまこれを読んでいる人は身に染みているはずだ。おそらくこれは動物でもかなり原始的な段階で獲得したのだろう。食べ物を見つけた喜びとか。
感性はディープラーニングみたいなもので、人間の外部、感覚からの入力を分類するはたらきとみてよい。脳はいつからか、感性の対象を内部にも広げた。しかし感性はあくまでI/Oにすぎず、内部状態とのI/Oとはすなわちメモリである。

演繹、アブダクション
「前提Pのもと、AならBである」というルールが既知だとする。P: A→Bと書くことにする。
あなたがPとAが成り立っていることを知っている場合にP: A→Xという式が頭に浮かんだ。さてXをBとしてもいいのだろうか?これが演繹のはたらきである。たとえば「サンガリアであれば、100円でコーヒーが買える」という事実(ルール)を知っているとし、目の前にサンガリアの自販機があり、財布に100円あったときに、「俺はコーヒーを買えるのだ」と知るはたらきのことだ。
アブダクションは逆に、PとBが成り立っているときに、P: X→Bという式を頭に浮かべ、未知項Xを求める。コーヒーを飲みたいときにサンガリアの自販機の前を通りがかって、「はて俺は100円持ってたかな?」と確認するわけだ。
演繹は三段論法を構成することができ、コンピュータの(エミュレートでない)推論はすべてこれだ。だがコンピュータと違い、脳は条件を満たす項をパターンマッチで探してくることができ、論理的な思考はすべてこれでまかなえる。カラスなど賢い動物は道具を使うから、カラスはチューリング完全だと考えている。ただし「ことば」がないと効率は悪い。
演繹は進化論的には、物理法則の認識のために獲得した能力だと思われる。脳の双方向的な情報処理が、推論の方向を逆転させ、アブダクション能力となり、道具の発明につながった。推論の成功は強烈な快感をもたらすので、直感に反するが、これを感情(のはたらき)と呼ぶことにする。映画『2001年宇宙の旅』のサルが道具と凶暴性を獲得する場面は、まさにこのイメージだ。人間は良くも悪くも感情のもたらす快感のため、たいへん闘争的な動物になった。
感情のもたらす強烈な快感は、感性や知性のものとは別物だ。脳のはたらき、おそらく部位が違うのだから当然だが。われわれが日常生活で感じる快感は、ほぼ感情に由来する。なぜなら他の二つは空気のようなもので、メリハリにもかけるため、認識する機会があまりない。

帰納
帰納はP: A→Bというルールと、AとBが真であることを知っている場合に、X:A→Bを考え、XにPを代入できると推論する。「コーヒーが飲みたいが手持ちが100円しかない場合、どうすればいいか」を考え、サンガリアの自販機を探すはたらきだ。むろんなんらかの方法で手持ちを増やしてもよい。
前提条件Pは犬っち用語では文脈という。ある人の一連の発言が「どういう文脈でなされたか」を考えるのが帰納だ。個人的心情の吐露か?あるいはあくまで公人としてか?など。
現実世界では、AやBと違って文脈はたしかにとらえどころがないことが多い。犬っちはフィクション分析の経験から、「文脈とはA→Bという式の「集合」である」という形式化をしている。つまり、文脈のない、A→Bだけの形の式がたくさん(集合だから0個でもいいのだが)集まったものだ。しかし意味を考えずにA→Bを適当に集めても、ガラクタの文脈にしかならない。知性のはたらきで、A1→B1とA2→B2が「関係ありそう」だと判断し、文脈{A1→B1, A2→B2}を作り出さねばならない。また、ソシュールの言語学から概念を借り、Aをシニフィアン、Bをシニフィエ、A→Bを「記号」と呼ぶと、すなわち「感情が生み出した「(脳内)記号」を、知性が扱えるようになったとき、「ことば」が生まれた」といえる。脳も情報システムである以上、対象とするには表象が必要だから、「ことば」は記号そのものの表象だ(シニフィアンじゃないよ)。※「ことば」といっても人間のことばのように音声などと結びついたものとはかぎらず、動物の脳内で完結したものも考えています。
そうすると帰納のはたらきは、文脈Cに記号Sを追加したり検索したりというはたらきになる。感情はペアである記号は対象にできないから、別個に帰納用の脳(のはたらき)が必要である。lisp風に感情はatomを、知性はconsを扱うといってもいい。知性とは再帰的データ構造を扱う能力のことなのだ。
知性がはたらくとリアリティを感じる。複雑なものを直観的に把握、理解したときにそうなる。これも快感だが、人間は日常生活では小さなリアリティを感じ続けているため、意識する機会は少ないが。ウツ病の人はこれの欠如に苦しむことになる。感性、感情、知性がバランスよく十分にはたらくと人間はしあわせを感じる。大昔から言われていたことだが。

これで一般的な推論システムが持つべき能力がそろった。修辞的同定とチューリング完全性とデータ構造とパターンマッチだ。推論面においては人間にはこれ以外の脳の機能はないといっていいだろう。これら三つの推論を駆使するのが隠喩だ。いわゆる文学だけでなく、日常生活のありとあらゆる場面で見られる。というのも、隠喩を書いた人間がいない偶然の産物からも、見出すことができるからだ。とすれば、あるシステムが意識を持っているかどうかを知る方法は原理的にないことになる。意識を超越論的に議論するしかない。カントのように道徳を超越論的に議論することには意味はある。なぜならそれにしたがうのはおおぜいの人間だからだ。しかし意識を超越論的に議論したところで、それにしたがうのは自分しかいない。完全な無意味だ。

人間以外の動物が、この意味での知性を持っているのかどうかはわからない。犬っちは持っていると思う。脳はことばに先立つから、ことばを話さないからといって知性がないとは言えない。人間以外ならどうか?犬っちの見解は「隠喩的情報システムには意識があることを否定できない」だ。どういう意識なのかは見当もつかないが、いまのコンピュータであれば、環境が貧弱すぎるので、あったところでなにかすることは不可能だろうが。情報処理だけで意識が生まれるかどうかはわからないが、知性が生じさせるのがリアリティであり、リアリティを感じる意識の存在を否定できない以上、知性あるシステムが意識を持たないということは、犬っちには受け入れがたい。

🐾🐾🐾

コアだけ取り出すと

  • 知性はリアリティを生じさせる
    これは犬っちの文学作品の読解の経験から
  • リアリティを感じる意識の存在を否定できない
    クオリア論なんかはこれ

生化学的メカニズムが意識の発生に寄与しないと仮定すれば、情報システムのみで意識を生み出すから、「隠喩的システムには意識がある」と結論づけるしかない。犬っちが他の隠喩を理解する人と違って露出狂的でしつこい理由の一つがこれなんだよね…

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by Anonymous Coward on 2020年09月03日 13時25分 (#3881706)

    まずあなた自身に意識がある [srad.jp]ということを証明してみてください。

  • by Anonymous Coward on 2020年09月03日 13時53分 (#3881739)

    幼年期の象徴、プリキュアから離れ
    反抗期になり、サイト内を暴れまわり
    中二病の特性、「自分は特別な人間」を誇示しつつ、正に中二病のど真ん中「ブレードランナーを語る」「コンピュータに意識はあるのか考える」ところまでは来た

    このまま人として精神的成長ルートに乗るのか?それとも・・・?
    ChaldeaGecko先生の次回作にご期待ください

  • by Anonymous Coward on 2020年09月03日 15時15分 (#3881822)

    前提が完備でなく論理も網羅されていないため、結論が必然ではありません
    結論はso fun、thrillingですが、端的に言ってこの文章量で完結できるものではないでしょう
    記号論理と集合の復習お疲れさまというところですが、隙がありすぎます
    中高の数学で出てくる「逆・裏・待遇」すら適用できていないため、勝手な要約が妥当であるかのように錯覚されるのです
    もう少し落ち着いて段取りし、批判的で自省的な「振り返り」をした方が良い
    (実験の基本的手法に則るならば、もっと細かなスパンで批判を繰り返した方が良い)

    彼が道具の使い方について理解できない、ということは無さそうです
    むしろ使い方以外、道具立ての理由や有効性・有効範囲を理解しようとしないことが問題なのだと思います

    ただし、これは別に、異常なことでも不思議なことでもありません
    結論ありきで道具をかき集める人々はだいたいそうですし、そんな人はそこら中に溢れています
    いかなる用語・手法も、他人の著作や結論も、論証の手段ではなく結論の具材です
    同時にこれは非常にありふれた粉飾・幻惑・衒学の手法でもあります
    (彼が今回そうと意識しておこなったか、また常にそうなのか、については興味がありません)

    • by Anonymous Coward

      待遇→対偶
      すみません

    • by Anonymous Coward

      逆・裏・対偶が正しく扱えない、「逆は真なり」で支離滅裂なことを言い出すのは典型的だね。
      中高の教科書が矢鱈とそこを念押しするのはこういう人のドロップアウト対策なんだろうなぁ。
      俺の周りには理解できなくて困ってる奴はいなかったな。

    • by Anonymous Coward

      どうも悪い予感は当たるもので、次々書かれる日記でも、衒学趣味という表現で足りる典型的な人物像が見えるのみですね

      彼が今までつまみ食いしてきたものを、実は大衆(これは総称やレトリックではなく実存としての謂です)のレベルでも理解していないのは明らかです
      #正直なところ私の中の数学人の部分は、彼が得々として用いる用語に少し反応します

      ただ、普通の人であればたとえ辻褄の合う読みができていたとしても、それへの自己評価を絶対側に倒すことは決してしません
      彼は反対に自身の誤解をまったく恐れません、それでいて恣の剽窃ができます
      私は詳しく

  • by Anonymous Coward on 2020年09月03日 16時49分 (#3881942)

    例えば、錯視などを考えてみればわかるように、
    意識は目で見たままではない脳の処理した情報を真実と思っています。
    しかしルビンの壺のように(知っていれば)意識が脳に指示する事によって
    最初に見えたのとは違う像を見えるようにする事もできます。
    従って意識が見たがっている情報を見せている場合もあると考えられます。
    そうすると同定や推論も意識が求めているものに脳は応えているのだとも考えられます。
    ここで意識が自分では情報を処理しないなら脳が意識を騙す事は容易でしょう。
    でたらめな同定や推論だって意識が真実と思って快を感じてくれるならそれで良いって事です。
    いや快の為に意識がでたらめな(と意識は思っていないが脳は知っている)推論の結果を
    脳に求める事すらあるかもしれません。
    もしかしたらバイアスというのは脳が意識を騙す為の道具なのかもしれませんね。
    バイアスを強めてくれれば強めてくれるだけ脳は意識を騙すのが楽になるので。
    何の為に楽をするのかはわかりませんが。エネルギー消費を抑えたいのか、リソースを別に割きたいのか……。
    しかし不思議な関係ですが、意識は過去に蓄えた知識や経験にはアクセスする権限や、
    脳に何かを命令する権限も持っているようです。先のルビンの壺などの例から考えるに、
    自分の知識と脳が真実として示している情報を比較検討するように脳に命令する事はできるように思います。
    このあたりから、意識は脳による情報に依存する存在ながら、
    過去から現在に渡って脳から提供された情報をなんらかの法則性を持って統一しようとする存在で、
    しかし快不快といった感情等の影響下にもある不合理な存在でもあって、
    脳とは別系統の脳にとってやっかいな存在であると思ってます。

  • by Anonymous Coward on 2020年09月03日 21時45分 (#3882135)

    一時の鬼気迫るような日記は書かなくなった。
    ある意味、多少の現実を受け入れて周囲となじんだと言えるんじゃないかな。彼はある種のひとたちを「大衆」と呼び、自分から切り離した。
    https://srad.jp/comment/3881982 [srad.jp]

    いかにこいつの言動が異常だろうと、思考が歪んでいようと、荒らしていない以上はこれ以上過去の異常行動に文句をつける必要はない。
    後はスルー安定だな。

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ナニゲにアレゲなのは、ナニゲなアレゲ -- アレゲ研究家

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