ChaldeaGeckoの日記: ジャック・ラカンのシェーマL
日記 by
ChaldeaGecko
ラカンにはいろんなアフォリズムがあるが
I think where I am not, therefore I am where I do not think.
われは自分のいないところで思い、自分の思わないところにある
と、デカルトのcogitoをパロったものがある。これは前のエントリにも書いたが、「I thinkは隠喩的(ことば的)でしかなく、I amは実在的でしかないので両立しない」という意味だワン。実在的なものは論理的に考えることしかできない、つまり隠喩的には考えられないんだワン。隠喩的に考えた瞬間に、実在ではなく隠喩にばけてしまうワン。これが世界一正しいラカン解釈だワン。
人間の思考はすべて隠喩的だから、たしかに存在するはずの自分というものには永遠に触れることはできないワン。じゃあ人生に無縁なのかというと、無意識という形でちょっかいかけてくるワン。ラカンの精神分析はこれが出発点だワン。
🐾🐾🐾
「自分」というものは間違いなく存在し、無意識という形でちょっかいかけてくるのだが、意識にのぼるものといえば、その「自分」ただ一つしかないから、シニフィアンを持てない。だから「仮の自分」を作って、それにシニフィアンをあたえる必要があるワン。
シェーマLの話をするワン。
(続く)
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