ChaldeaGeckoの日記: 天才犬っちの、世界一ただしいラカン:シェーマLとシェーマRSI
ラカンっちの話はほんとにシンプルなんだワン。でも肝心なことばの定義をしなかったことと、中心となる考え「隠喩的リアリティ」を知っている人がいないので、多くの人がああだこうだと群盲象を撫でる状態になってるワン。このシェーマもデタラメな解釈がまかり通っているが、ホントは単純明快で一貫した話だワン。
- S:the subject分節された相手の主体(自分の頭の中にある)
- a:分節されていない自分。対象aではない
- a':the other分節された自分(相手の頭の中にある)
- A:the Other分節されていない相手
aとa'が想像的関係というのは、a'はあくまで相手が分節したものだから、自分aとは無関係なものだが、aとa'がおなじ自分だと信じているという意味だワン。象徴界のはたらきが信じさせるワン。
Aから出ている矢印に「無意識」とあるのは、自分が相手Aを分節するのは無意識のはたらきだという意味だワン。途中で点線になっているのは、シェーマRSIでわかるが、象徴界のはたらきがそこで終わりだからワン。
a'が分節された自分だとただしく理解しているやつはほかにいないうえ、対象aまで誤解に参加して世の中カオスになっているワン。しかしラカンっち抜きでも、自分が思っている自分と、相手が思っている自分がおなじ自分だということは自明ではないから、それが重要な問題だということはあきらかだワン。なのにまじめに考えた人がラカンっちしかいなかったワン。
シェーマRSI
どういうわけかaとa'の割り当てが逆になっているワン。
- S:the subject分節された相手の主体(自分の頭の中にある)
- a':分節されていない自分。対象aではない
- a:the other分節された自分(相手の頭の中にある)
- A:the Other分節されていない相手
- m:moi自分
- i:よくわからんが、「こういう点があるはず」と要請されているようだ
- Φ:象徴的ファルス
- I:自我理想
- M:象徴的母
- P:父の名
Sが想像界にあるのは、Sをシニフィエとしたからだワン。
a'が現実界にあるのは、自分の身体が現実に存在しているからだワン。
aが現実界にあるのは、相手にとっては彼の想像界にaはあるが、相手の身体が現実に存在しており、その頭の中にaがある(と信じている)からだワン。注意してほしいのは、相手の身体といえども感覚経由で現実界つまり無意識のはたらきになっていることだワン。
Aが象徴界にあるのは、象徴界のはたらきでAを分節するという意味だワン。
あとはよくわからないが、思いつきを書くと、
mはまあ、自分と相手の主体の間のどこかにいて、現実と想像の両方に足をつっこんでるから、ここしかないワン。
象徴的ファルスは、他人や自分がその相手を分節するはたらきだワン。
自我理想は自分が存在すると思えるはたらきだワン。
象徴的母は、相手が自分を分節した(おかあさんがいる)と思えるはたらきだワン。最初に自分を分節した人はmOtherだワン。
父の名は相手が存在すると思えるはたらきだワン。
IとMを結ぶ対角線で折り紙みたいにたたむと、IとRがSと重なるワン。これは象徴界が情報処理の中心だという意味だワン。折りたためるのは、象徴界のはたらきでSとAがおなじ人だと信じているからだワン。想像界と現実界は直接はやりとりできないが、象徴界経由でやりとりできるワン。現実界から想像界にいたるパスが(普通は)ないので、意識にのぼる感覚は象徴界が加工したものでしかないワン。
Iは自分の意識だから交換できないが、Rは仮想的なR'を作って(一部)交換することができるワン。交換したR'は本物の現実と区別できないワン。それが隠喩の力だワン。
シェーマLの
aとa'が想像的関係というのは、a'はあくまで相手が分節したものだから、自分aとは無関係なものだが、aとa'がおなじ自分だと信じているという意味だワン。象徴界のはたらきが信じさせるワン。
これ、相手が女だとあんまり信じられないワン。この女が考えている俺は、俺とはずいぶん違うだろうなあとしか思えないワン。女の考えは永遠の謎だワン。こうして象徴界のはたらきが鈍ると、自分が分節したのにAとSがおなじ相手だということまで信じられなくなるワン。つまり、「女は存在しな」くなるワン。それを見事に描いたのが東鉄神のエロまんが『さよならの居場所』だワン。隠喩に満ちた大傑作であり、犬っちがもっとも愛する短編まんがだワン。
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