ChaldeaGeckoの日記: 天才犬っちの、世界一ただしいラカン: Ⱥ 1
the OtherすなわちAを分節すると自分の脳内でシニフィエthe subjectすなわちSになるが、ラカンっちはそれをS(A)と書くワン。さて、自分は自分のことを意識できるから、分節されてシニフィエになっているはずだワン。それがS(Ⱥ)だワン。Ⱥ=the Other's desire=分節前の自分だワンね。見づらいが、これはAに斜線が入っているワン。
さて、Ⱥを分節するシニフィアンはなにか?自分の名前を知る前に、Ⱥはすでに分節されているワン。これはいいワン?だからȺを分節するのは特別なシニフィアンで、どうもラカンっちが不在のシニフィアンと呼んでいるもののようだワン。ほかの連中はいい加減なことを言っているから、犬っちにはよくわからんのだワン。
自分が自意識に目覚めたときには、謎のシニフィアンによってすでに自分が分節されており、自分が自分だと思っているのは、その分節された自分であるのだワン。cogito ergo sumで言えば、cogitoしている自分は分節されていないが、ergoは分節されているワン。だからcogito ergo sumは常に偽だワン。なんにせよ、自分を分節するシニフィアンは大いなる謎であり、所与だというしかないワン。犬っちは意識は脳が生み出すフィクションだという立場だから、なんの問題もないワン。
犬っちがシニフィアンSとかシニフィエsという場合には、必ず脳内に表象、つまり対応する信号のパターンがあるワン。記号S/sはたんなるデータの対なので、表象を持つワン。ここが文系バカと違う理系の犬っちのキレキレなところだワン。だからȺを分節した特別なシニフィアンも脳内に対応する特別な信号のパターンがあるワン。その特別な信号のパターンは、自意識を保つためには、自分が起きているかぎりは定在している必要があるワン。犬っちの考えでは、それがもっともシンプルな同定-演繹-帰納のサイクルの不動点だワン。その不動点は特別な脳内信号のパターンであり、特別なシニフィアンとしてȺを分節して、シニフィエたる自意識を生み出したワン。乳児の脳が発達して推論メカニズムが完成したときに、このサイクルが生み出されるんじゃないかなワン。鏡像段階は関係あるのかないのかわからんワン。
ラカンっちは、象徴界は記号と推論のはたらきだと考えているが、コンピュータのプログラムとおなじで、推論規則はあっても、最初の起動はどこか外部に求めざるをえないワン。haskellだってmainは定義できても、I/Oモナドを起動するのはhaskellの意味論の外だワン。たぶん特別なシニフィアンがS(Ⱥ)を分節する計算過程が、人生ということになるワンね。人間はモナド、人生はその計算だワン。
犬っちの処女小説は、ラカンっち理論とフォーミュラでたいへん洗練されましたワン。
フォーミュラはだれかが発明して日本のアニメがみんな使っていたのを犬っちが読者として発見したのだが、マジですごいから!
全体主義云々はどーなったの? (スコア:0)
まさかの逃亡ですか?