ChaldeaGeckoの日記: リアリティと意識の理由
プリキュア派精神分析はつねに再帰的な情報処理という出発点に戻るのです。
- 感性、感情、知性は、それぞれ活発になるとリアリティを生み出す
- これらの合計が心的エネルギーとなり、プロセスされて心になる
- 心の意識できる部分が、いわゆる感覚や感情である
- 心の無意識的部分が、いわゆる抑圧である
犬っちまだラカンの欲動や転移のあたりはノータッチだから、あとで答え合わせするワン。
分岐予測からディープラーニングまで情報処理一般では、プランを立てるのと審査するのは別回路にすると効率がいいワン。人間の脳でもそうなっているはずだワン。
(行動→)応答→プラン→審査→行動
こういうサイクルワン。プランは案を出すだけで「どの程度」というものはなく、審査が調整するワン。プランは学習によってゆっくり変化し、審査は一時の感情などでも大きく変化するワン。プランの失調が精神病だワン。審査が失調すると神経症になるワン。
行動は外部に向けたものだけでなく、脳内の状態を更新することもふくまれるワン。
感覚や感情と抑圧はつねに表裏一体だワン。願望を無意識化に押し込むというニュアンスはないワン。下に書いたが、抑圧はそのほうが情報処理の効率がいいから、という理由でしかないワン。もし人の心を分析するなら、抑圧の「原因」ではなく、「効率」に観点がうつるワン。両者は共通するところも多いだろうが、因果論ではどうしても原因がつかめないということがあるワン。効率はいかなる場合でも考えられるから、原因がわからなくても対処法がわかるワン。強迫の原因をこじつけたが、あとからアスペルガーだとわかったとか。そうすれば洗脳まがいの認知行動療法ももっとマシになりそうだワン。
- 感性:オキシトシン:安心感:不安障害
- 感情:ドーパミン:感動:躁病、統合失調症
- 知性:セロトニン:狭義のリアリティ:離人症
ウツは総合的な心的エネルギーの低下だワン。躁うつ病と統合失調症は症状としてウツもあり三つすべてにかかわるが、感情はことばのはたらきであり、狭義の感情と論理をサブシステムにしていると思われるワン。感性と知性はよく連携しているから、切り分けはむずかしいワン。
脳の情報処理は無意識+意識と切り分けられ、また心+それ以外(フロイトのポンチ絵の氷山と海)に切り分けることもできるワン。意識できる感覚や感情は心のさらに一部だワン。なぜ情報処理のほんの一部だけが知覚の対象になるワンか?
情報処理の観点からは、動物は哲学的ゾンビでもまったくかまわないワン。しかし、意識(それがなんであれ)を知覚するのは再帰的な情報処理であり、その不動点を意識(それがなんであれ)だとすれば、意識(それがなんであれ)の存在は要請されるワン。別の言い方をすれば、シニフィアンが先に作られ、それからシニフィエたる意識(それがなんであれ)がつねに作られつつズレているワン。これは通常の分節のはたらきではなく、鏡像認識の絶え間ないはたらきだワン。
なぜ赤は赤らしく見えるのか?りんごが青く見えたらマズそうだワン。赤が赤らしいのは記号システム全体がそのような構造になっていて、赤を赤らしくしているからであり、環境がある以上、そのような構造は他の人と共通しているワン。だから自分に意識があると言うなら、他の人にもあるはずだワン。
意識(それがなんであれ)と意識をおなじものだとすれば、それは記号システム全体のダイナミックな変化のバーチャルな不動点であり、世界がこのような形に見えているのは、あんまりいろいろ見えてしまうと「意識」してしまって情報処理の対象になってしまうから、きたないものは見ずに置きましょうということだワン。これが情報処理の一部だけが意識される「情報処理的な」理由であり、なぜ情報処理の一部だけが意識になるのか、あるいは「無意識さん」がいるのかは神秘だワン。
実際のところ、意識として知覚されるのは感情のはたらきの割合が大きいが、これは感情がことばをあつかう中心部だからだワン。ことば以外の感覚は再帰的にあつかってもうまみがすくないワン。
本当の鏡にこだわらなければ、自分のからだを認識する鏡像認識能力は、すくなくとも脊椎動物はすべて持っているというのが犬っちの見解だワン。タコにも間違いなくあるワン。ハムスターくらいになるとかなりビビッドな意識があるワン。文法のあることばをあつかう能力を脳が潜在的にもつ動物もたくさんいるはずワン。発声器官がネックになっているワン。人間だって最初に文法を使ったやつは、それ以前に脳内で文法を使っていなければ発声できないワン。
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