ChaldeaGeckoの日記: わかっている人はいる 1
以下は隠喩、「読者だまし」の話です。
世の中にはことばの芸を駆使して、読者をだましにかかる作家がいる。ダブルミーニングとか、ダジャレとか、叙述トリックとか、方法はいろいろあるが、進化してものすごい高度になっている。当然ながら(一部だが)作家はわかっていて、犬っちが執着しているアニメもみんなわかっている。書くと長いからまた今度。
評論家や学者でわかっている人は非常に少ない(つまり、みんなトンチンカンなことを書いている)が、柳瀬尚紀はナボコフ、蓮實重彦はロラン・バルト、浅田彰はフランス現代思想の隠喩を理解していて、それを踏まえて本を書いている。
他には知らない。大物もことごとくトンマなことを書いているし、隠喩をまともに翻訳できた人は柳瀬氏しか知らない(そもそも訳者は隠喩の存在を知らないのだ)。東浩紀は浅田彰と比べられたが、ぜんぜん相手にならない。
学者や評論家が飛び抜けたバカばかりでないかぎり、作家以外でわかっている人はごく少ないはずだ。しかも隠喩というものの性質上、わかっている人は黙るんだろう。犬っちは例外。
作品を丸暗記して、出てくる単語をぜんぶ辞書で引くくらいのことをしないと自力では発見できないし(ナボコフが言っている)、犬っちもそうやった。学者ならそれくらいやるだろうから、あとは才能というより作品と作家に対する敬意の問題。一度わかってしまうと相通じるものがあるので、どこにだましがあるのか勘がはたらくようになる。
※高度な隠喩が理解できるようなるためには、「そういうものがある」と知ってから何年も修練する必要があります。語学や数学とおなじ。これが作家とそれ以外の人がわかれる理由です。もちろん頭のいいやつが作家になるという事情もありますが、頭の悪いやつは「修練などしなくも自分にはわかるはずだ」と考えます。頭の悪いやつにとっては世の中みんなトリビアってわけ。面倒くさがっているんじゃんなくて。ホントにそれしか知らないの。スラド民が専門家への敬意をまるで欠いているのも、つらくて時間がかかる学問とか専門教育というものの存在を知らないからだな。
振り返ってみて (スコア:0)
スラド民が専門家への敬意をまるで欠いているのも、つらくて時間がかかる学問とか専門教育というものの存在を知らないからだな。
世界に数多ある作品や解説のうち、ごく一部日本語のようなドマイナーな言語もしくは翻訳されたものを見て、「皆バカばっかり!犬は例外!天才!」と吹聴する恥ずかしさ。
隠喩は確かにあると思ってますし、感じるものはありますがね。