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日記

ChaldeaGeckoの日記: ハンナ・アーレント曰く、自己愛からくる憎しみだけは消せないのです

日記 by ChaldeaGecko

ところが活動の場合、その苦境は、これとまったく異なる。この場合には、活動が始める過程の不可逆性と不可予言性にたいする救済は、それとは別の、なにかいっそう高い能力からやってくるのではなく、活動そのものの潜在能力の一つが救済に当たるのである。不可逆性というのは、人間が自分の行っていることを知らず、知ることもできなかったにもかかわらず、自分が行ってしまったことを元に戻すことができないということである。この不可逆性の苦境から脱けだす可能な救済は、許しの能力である。これにたいし、未来の混沌とした不確かさ、つまり、不可予言性にたいする救済策は、約束をし、約束を守る能力に含まれている。この二つの能力は、そのうちの一方の能力である許しが、過去の行為を元に戻すのに役立つ限り、同じものに属している。ついでにいえば、過去の行為の「罪」は、ダモクレスの剣のようにすべての新しい世代の上にぶらさがっているのである。(『人間の条件』、p.371)

最後の文の原文です。

The two faculties belong together in so far as one of them, forgiving, serves to undo the deeds of the past, whose "sins" hang like Damocles' sword over every new generation;

あたりまえですが、行為を取り消せば罪も取り消せるわけがありません。カッコつきの「罪」は核兵器のことです。核兵器なら廃絶できます。アーレントよりあとになりますが、ケネディ大統領も1961年の国連演説で核兵器をダモクレスの剣にたとえています。

全シケリアを統べる僭主ディオニュシオス2世に臣下として仕える若きダモクレスは、ある日、僭主の権力と栄光を羨み、追従の言葉を述べた。すると後日、僭主は贅を尽くした饗宴にダモクレスを招待し、自身がいつも座っている玉座に腰掛けてみるよう勧めた。それを受けてダモクレスが玉座に座ってみたところ、ふと見上げた頭上に己を狙っているかのように吊るされている1本の剣のあることに気付く。剣は天井から今にも切れそうな頼りなく細い糸で吊るされているばかりであった。ダモクレスは慌ててその場から逃げ出す。僭主ディオニュシオス2世は、ダモクレスが羨む僭主という立場がいかに命の危険を伴うものであるかをこのような譬えで示し、ダモクレスもまたこれを理解するのであった。

アーレントは倫理的な話はしないから、「許す」には「憎しみが鎮まる」以外の意味はありません。evilも思いやりや誠実さが欠けている状態のことです。deedsは「偉業」という皮肉です。「証書」という意味もあります。deedは始めのほうに出てきます。

しかし、都市国家の創設によってのみ、人間は、その世界全体を政治的領域である活動と言論の中で送ることができることはもちろんだが、この二つの人間的能力が同じものに属し、すべての能力のうちで最高の能力であるという確信は、すでにソクラテス以前の思想に現われていた。たとえば、ホメロスのアキレウスの大きさは、彼を「大きな行為の成就者、大きな言葉の発話者」として眺めるときにのみ理解することができる。(『人間の条件』、p.46)

ただし「」内は

"(the doer of great) deeds and (the speaker of great) words."

と、deedsとwordsを動詞とした文だと解釈するのが正しい。邦訳では「同じもの属し」がなんだかわからない。許しはdeedを取り消す特別なdeedです。言論と活動、許しと約束はすべてgreatに属します。なのでgreatは人間のことです。

もう一方の能力は、自分自身を約束で拘束することにより、不確実性の大海--未来は本性上そうである--の中に、安全な小島を打ち立てるのに役立つ。このような小島がなければ、人間関係において耐久性はもとより、連続性さえ不可能である。(『人間の条件』、p.371-372)

and the other, binding oneself through promises, serves to set up in the ocean of uncertainty, which the future is by definition, islands of security without which not even continuity, let alone durability of any kind, would be possible in the relationships between men.

邦訳は間違えていますが、前の文のin so far asはこの文にもかかります。後半は「人間同士の関係において、それなしではどんな連続性も永続性もなしえないような証書の島」です。人類の存続のことです。核兵器を廃絶するために憎しみを鎮めなければ、二度と核兵器を使わないと約束しなければ、the two facultiesがbelong togetherできなくなる=greatがいなくなってしまうという意味です。「不可逆性」は過失や事故のことです。行為deedとは別物です。ひっかけでした。
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この場合には、活動が始める過程の不可逆性と不可予言性にたいする救済は、それとは別の、なにかいっそう高い能力からやってくるのではなく、活動そのものの潜在能力の一つが救済に当たるのである。

「それとは別の、なにかいっそう高い能力」とは神様のことなので、救済は人間がするものだと言っています。アーレントの「許す」は、たんに憎しみが鎮まることです。greatは「だまし」のような「隠喩」のことでもあり、「活動そのものの潜在能力の一つ」とは「ウソ」のことです。憎い相手を「憎くない」と自分にウソをつくわけです。これは神様なんていないことを知っているのに神様に祈るのとおなじであり、solitudeの人だけができることです。ナチズムや原爆を許すことは難しいが、自分にウソをつくことならできます。lonelinessのリベラルは「許したら負け」だからダメなのです。

and the other, binding oneself through promises, serves to set up in the ocean of uncertainty,

「約束」もまた、未来は不確実なのだから「ウソ」の一種です。binding oneself through promisesとあるように、約束はなにより自分の行動を縛るものです。
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許しの反対物どころか、むしろ許しの代替物となっているのが罰である。許しと罰は、干渉がなければ際限なく続くなにかを終わらせようとする点で共通しているからである。人間は、自分の罰することのできないものは許すことができず、明らかに許すことができないものは罰することができない。これは、人間事象の領域における極めて重要な構造的要素である。これは、カント以来「根源悪」と呼ばれている罪のまぎれもない印である。私たちは、公的な舞台でこのような「根源悪」のめったにない噴出を目撃しているのに、この「根源悪」の性格は、その私たちにさえよく判っていない。(『人間の条件』、p.377)
The alternative to forgiveness, but by no means its opposite, is punishment, and both have in common that they attempt to put an end to something that without interference could go on endlessly. It is quote significant, a structural element in the realm of human affairs, that men are unable to forgive what they cannot punish and that they are unable to punish what has turned out to be unforgivable. This is the true hallmark of those offenses which, since Kant, we call "radical evil" and about whose nature so little is known, even to us who have been exposed to one of their rare outbursts on the public scene.

哲学者の高橋哲哉

ここで「根源悪」と呼ばれているものが、アーレント自身もその被害者であったナチズムのもたらした惨禍を主に指していることは明らかだろう。(高橋哲哉、赦しと約束--アーレントの<活動>をめぐって、「哲学」1998巻49号、p.88)

この「根源悪」をナチズムと関連させています。しかしカントの「根源悪」といえば「自己愛」のことです。哲学者の高橋氏が知らないはずがないので、普段からどれだけデタラメな読解をしているのかよくわかります。

《〈ドイツ〉radikales Böse》カントの用語。自己愛(ナルシシズム)の衝動に従おうとする生まれつきの傾向。

radical evilは単数系なので、theirはusを指します。their rare outbursts on the public sceneは人類史上つい最近になって現れた「大衆社会」のことです。offensesは「罪」ではなく「干渉がなくても際限なく続くなにか」つまりルサンチマンの憎しみのことです。ルサンチマンからくる憎しみだけは鎮めることができません。

私たちに判っていることは、ただ、このような罪は、罰することも許すこともできず、したがってそれは、人間事象の領域と人間の潜在的な力を超えているだけでなく、それが姿を現わすところでは、人間事象の領域と人間の潜在的な力が共に根本から破壊されてしまうということだけである。

こちらの「罪」もsuch offensesだから「憎しみ」です。ルサンチマンにまみれたリベラルが人間を破壊するんですって。犬っちもこんな辛辣に言えるようになりたいワン!

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