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日記

ChaldeaGeckoの日記: 希望などどこにもない!人類は確実にゾンビ化する!デイビッド・ランシマン『民主主義の壊れ方』

日記 by ChaldeaGecko

ケンブリッジ大学の政治学の権威と意見を共にするのはカ・イ・カ・ン♡
話は聞かせてもらった! 人類はゾンビ化する!
とてもいい本ですがひどい誤訳が目立つので、読みやすく安価な原著をお勧めします。この本の文学的な技巧が、原著をとくにおもしろいものにしていますが、本書はそれらをまったく訳せていません。
ちなみに著者は「人類は人口を維持する」と「人類の99%が死に絶える」をおなじ側に配置し、「人類は一人残らず死に絶える」と対置しています。

最後:

西欧民主主義は中年の危機を乗り越えるだろう。運がよければ、少し苦しむだけで済む。だが、そこから再生することはないだろう。今、問題なのは、民主主義が終焉することではない。どのような形で民主主義が終わるかなのである。

Western democracy will survive its mid-life crisis. With luck, it will be a little chastened by it. It is unlikely to be revived by it. This is not, after all, the end of democracy. But this is how democracy ends.

西欧民主主義は中年の危機を生き残るだろう。幸運があれば、民主主義は幸運によってすこしだけ洗練されるだろう。幸運によって再生されることはありそうもない。これは民主主義の究極の終わりではない。そうではなく、これは民主主義がいかに死ぬかである。(犬っち)

「how democracy ends」は原著のタイトルそのものです。民主主義は中年の危機をsurvive生き残るが、「幸運luck」が民主主義をrevive再生することはなく、テクノロジーでゾンビとなったホモ属が存続するかぎり、永遠にゾンビとして存続するというのが著者の考える「民主主義の死に方」です。
著者のランシマンは、民主主義の優位性を「力の行使をできるだけ引き伸ばしにする」ことに見ており、そのためには人間が自らのアイデンティティを抑制し譲歩することを要求しています。「テクノロジーを無軌道に進化させて特異点を目指す」加速主義はその対極にあります。著者は加速主義がもたらす避けえない必然として、人間と民主主義のゾンビ化(死なないが生きているともいえない)を言います。「ゾンビ民主主義」は本書で使われていることばですが、「声のでかいやつが常に勝つ」主義のことです。

この新しい課題解決主義の指導者と、多くの信奉者たちは、より民主的な方法で問題が解決されると確信しているので、民主主義に反対することはない。それと同時に、自分たちの技術によって、声なき人々の声を反映し、すべての人が承認される民主主義が実現することができると信じている。ただし、技術と承認をどのように繋ぎ合わせるかは教えてくれない。なぜなら、そうならないからだ。(p.247)

These cult leaders of the new solutionism, along with their many devotees, have nothing against democracy because they are sure that anything which enhances our problem-solving ability is a democratic plus. At the same time, they remain confident that their technology is able to supply democratic recognition across the board: it is giving voice to the voiceless. What they cannot tell us is how these two things go together. Because they don't.

本書は「cult」をガン無視したり、課題解決主義者の思想「われわれの問題解決能力を強化するものはすべて、民主主義をよりよくするものだ」という傲慢さを訳していないので、ニュアンスがまったく変わっています。「democratic recognition across the board」を本書は「すべての人が承認される民主主義」と訳していますが、「全世界での民主主義の認識」が正しい。「承認」にとらわれている読者を誤読させるため、わざとあいまいな書きかたをしていますが、ネットとスマホで世界中に民主主義を教えるのです。だからgo togetherしないthese two thingsは、やり方のわかっている「技術と承認(認識)」ではありえず、「声voice」と「声なき人々the voiceless」です。声(メディアとツール)をいくら与えたところで、声(まっとうな主張)なき人々が声をあげることはできません。

トランプは登場したが、いずれ退場していく。ザッカーバーグは居続ける。これが民主主義の未来である。ザッカーバーグはひどい状況を引き起こそうと考えているわけではないので、脅威を感じることはない。多くの問題が解決されるが、新たな問題も数多く生まれるだろう。これまで虐げられ、遠ざけられていた人たちが発言できるようになる。そして、ゆっくりと、だが確実に、民主主義は終焉を迎えるのだ。
私にはどのような解決策があるのか?通常、現代民主主義の停滞を扱った本では、このあたりで著者が建設的な提案をする。私にはない。課題解決主義が問題の一つであれば、たんなる提案では何も解決しないだろう。(p.248)

This is likely to be democracy's fate: the Trumps will come and go; the Zuckerbers will keep going. Nothing too terrible is being threatened because Zuckerberg wants nothing terrible to happen. Plenty of problems will get solved, though plenty of new ones will be created, too. Many of the alienated will have chance to find their voice. And slowly but surely, democracy will come to an end.
What is my solution? At this point in any book about the malaise of contemporary democracy there is usually an expectation that the author will suggest some fixes. I do not have any. If solutionism is part of the problem, simply proposing solutions is not going to be the way to fix it.

ザッカーバーグ「たち」がkeep goingするというのは、「加速主義」を推し進めつづけるということです。「居続ける」ではありません。

(Nothing too terrible) is (being threatened) because Zuckerberg wants (nothing terrible) to happen.

「恐ろしすぎること」は「脅かされておらず」好き放題にしている。なぜなら、ザッカーバーグは「恐ろしいこと」が起こらないことだけを望んでおり、「恐ろしすぎること」には無知だからだ。(犬っち)

という意味です。ザッカーバーグはテクノロジーの恐ろしさを知らず、野放しにしているのです。
alienatedは「虐げられ、遠ざけられていた人たち」ではなく、たんにネットを使えなかった人たちのことです。

多くの問題が解決されるが、 (ザッカーバーグが「課題(問題)を解決」するから)
新たな問題も数多く生まれるだろう。 (ザッカーバーグが「恐ろしすぎること」に無知だから)
これまでネットを使えなかった人たちが発言できるようになる。 (ザッカーバーグが「民主主義をよくする」から)
そして、ゆっくりと、だが確実に、民主主義は終焉を迎えるのだ。 (ザッカーバーグが「恐ろしすぎること」に無知だから)

こういう文章の構造になっています。早い話がランシマンは、SNSが人間をアイデンティティのゾンビにしていると見ています。
著者はこの本では絶望的なことしか書いていませんが、現代人は不快なこと、共感できないことは抹殺しようとするので、そのまま書いては本が売れないどころか作者がケンブリッジ大学の教職を追われるかもしれません。なので文学的技巧であいまいに書いてあります。

ここに危機を脱出する希望がある。(p.279)

とはいえ、本書をよく読んでみると、それでも民主主義が死なないことがわかる。民主主義を補完するテクノロジーの可能性を論じつつ、著者は人類が賢く「中年危機」を乗り越えることを訴える。それしか道はないはずだ。(評者: 宇野重規 / 朝⽇新聞掲載:2021年01月09日)

を始めとする現代人の訳者や書評者は「自分の願望を本書に投影して」それを読んでいます。まともな書評ができているのは有名人では中島岳志氏だけです。宇野重規氏などはランシマンの民主主義を論難していない以上、彼らの民主主義は「ゾンビの民主主義」あるいは「民主主義の幻」でしかありません。補完なんかしねーよ。どこ読んでんだバーカ。学者がこの体たらくなので、民主主義のゾンビ化はもうかなり進行しています。ちなみに犬っちが原著を読む気になったのは、著者が「解決策はない」と言っているのに、希望を見いだす人が訳者を含めてあまりにも多かったからです。

ユヴァル・ノア・ハラリは『ホモ・デウス』で、人類はごく一部の金持ち「ホモ・デウス」と、労働からすら疎外されて、ロボットの作るエサを食うだけの貧乏人「ホモ・ユースレス」に分かれると説きましたが、ランシマンに言わせれば、金持ちのホモ・ゾンビと貧乏人のホモ・ゾンビになるだけです。

Imagine drawing a ticket in the great lottery of life that assigned a time and a place in which to live from accross the sweep of human history. If it read: 'Japan, early twenty-first century', you would still feel like you'd won the jackpot.

人類の歴史の中から、生きる時代と場所を宝くじで決めるとした場合、「21世紀初めの日本」を引いたならば、当たりくじを引き当てたと思うだろう。(p.240)

邦訳はsweepもstillも訳していません。the sweep of human historyは「ホモ・ハビリスから終焉までのすべての、何百万年もの人間の歴史」という意味です。stillは「ホッとする」という意味です。まだゾンビでないみなさんは「宝くじの一等賞」である現代日本(暴力は少なく、北欧ほどには全体主義化していません)に生きていることを寿ぎ、一刻も早く「宝くじのハズレ」である2050年の日本(と世界)に備えましょう。時間はもうありません。

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未知のハックに一心不乱に取り組んだ結果、私は自然の法則を変えてしまった -- あるハッカー

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