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日記

ChaldeaGeckoの日記: 人間の意識体験は情報の流れを逆にみているだけなんスよ

日記 by ChaldeaGecko

今この文章をPCやスマホで見ている人の網膜には、「今この文章を…」という映像が投影されており、それを視神経がとらえて脳に送り、そのあとはよくわからない情報処理をしているはずです。
われわれが見ている光景は、脳の中ではよくわからない形で情報として存在するしかない、これはいいでしょう。ではそれを「光景」として、なぜわれわれの意識は体験できるのか。

  • 誰かが脳内情報から「光景」を「レンダリング」しており、レンダリングした光景をわれわれの意識に見せている

脳内の情報を、われわれの意識が体験できるものにするもの、それがレンダラーです。コンピュータ内の3DモデルをGPUがレンダリングして、ビットストリームとしてモニターに送り込み、モニターはそれに応じて画面を発光させているところが比喩になるでしょう。

phason先生の日記、「数」を認識できない男には、「数字の字形を認識したとたんに、その字形がぐちゃぐちゃな図形としか見えなくなる」脳の障害を負った人の話が書いてあります。くわしくはその先を読んでほしいのですが、「字形の認識」に依存しているであろう「数字の認識」の脳内モジュールの失調が原因のようです。
「数字の認識」が「字形の認識」に依存するのは自然ですが、もし先の「レンダリング説」をとるならば、「ぐちゃぐちゃな図形としか見えなくなる」のは「レンダラー」の失調のはずです。しかしその人は数字の認識もできなくなっているから、「認識モジュール」の失調も抱えています。
ここで

  • 「レンダラー」と「認識モジュール」は無関係であるが、たまたま同時に失調した
  • 「レンダラー」と「認識モジュール」には深い関係がある

の二つの可能性があります。
さて、「レンダリング」は、脳内のよくわからない情報からわれわれの意識が体験する映像をレンダリングすることでした。これと「数字を認識する」は、明白なカテゴリ違いです。たとえレンダリングが脳のはたらきであっても、このカテゴリ違いの二つが「同時に失調する」ことが「たまたま」起きるとはとても考えにくいです。

そうすると後者の

  • 「レンダラー」と「認識モジュール」には深い関係がある

に傾きたくなります。しかし「深い関係」を考えるまえに、「なぜレンダラーが存在するのか」を考える必要があります。

  • 誰かがレンダラーを用意した
  • われわれがレンダラーだと思っているのは、レンダラーとして用意されたものではない

のどちらかでしかありません。前者は、レンダラーを用意した「誰か」を候補として挙げる必要がありますが、適当なものを挙げることができるまでは(「神様」は不適当です)、後者の「レンダラーとして用意されたものでないが、われわれにはレンダラーだと思える」を採用すべきでしょう。

  • 人間の意識体験は情報の流れを逆にみている

という仮説は

  • 情報の流れそのもの以外に、レンダラーの存在を要求しない

という点で優れています。またphason先生の日記のように、より高次と思われる「数字の認識」の失調が、より低次と思われる「字形の認識」をオーバーライドする現象は、「情報の流れを逆にみる」という解釈からは自然に導かれます。

「夢」についても同様に

  • 夢をレンダリングしてわれわれの意識に見せてくれる誰かがいる
  • 夢は情報処理の流れを(逆に)見ているだけ

のいずれでしか論理的にありません。

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私は悩みをリストアップし始めたが、そのあまりの長さにいやけがさし、何も考えないことにした。-- Robert C. Pike

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