ChaldeaGeckoの日記: レイモンド・チャンドラー『プレイバック』村上春樹訳は三流作家のゴミ訳なのです
ゆーめーなセリフですが
浴室から出てきたベティーは開いたばかりの薔薇の花のように見えた。化粧は完璧で、瞳は輝いており、髪はあるべき位置にぴたりと収まっていた。
「ホテルに連れて帰ってくれる?クラークに話があるの」
「彼に恋しているのか?」
「私はあなたに恋していたつもりだったんだけど」
「そいつは夜の求めの声だったのさ」と私は言った。「ただそれだけのことにしておこうじゃないか。キッチンにはもっとコーヒーがあるよ」
「いいえ、もうけっこうよ。朝食まではね。あなたはこれまでに恋したことってある?私の言うのは、その人と毎日、毎月、毎年ずっと一緒にいたいと思うくらいってことだけど」
「さあ、もう行こう」
「これほど厳しい心を持った人が、どうしてこれほど優しくなれるのかしら?」彼女は感心したように尋ねた。
「厳しい心を持たずに生きのびてはいけない。優しくなれないようなら、生きるに値しない」(3073/3510)
When Betty came out of the bathroom she looked like a fresh-opened rose, her make-up perfect, her eyes shining, every hair exactly in place.
"Will you take me back to the hotel? I want to speak to Clark."
"You in love with him?"
"I thought I was in love with you."
"It was a cry in the night," I said. "Let's not try to make it more than it was. There's more coffee out in the kitchen."
"No, thanks. Not until breakfast. Haven't you ever been in love? I mean enough to want to be with a woman every day, every month, every year?"
"Let's go."
"How can such a hard man be so gentle?" she asked wonderingly.
"If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive."
hardとgentleはことば遊びになっています。hardは「厳しい」だけでなく、風呂上りの美女を見て「勃〇している」という意味です。gentleをwiktionaryで調べると
gentle (comparative gentler or more gentle, superlative gentlest or most gentle)
1. Tender and amiable; of a considerate or kindly disposition.
Stuart is a gentle man; he would never hurt you.
2. Soft and mild rather than hard or severe. quotations ▼
I felt something touch my shoulder; it was gentle and a little slimy.
3. Docile and easily managed.
We had a gentle swim in the lake.
a gentle horse
4. Gradual rather than steep or sudden.
The walks in this area have a gentle incline.
5. Polite and respectful rather than rude.
He gave me a gentle reminder that we had to hurry up.
6. (archaic) Well-born; of a good family or respectable birth, though not noble.
たくさんの意味があります。この小説では「優しいtender」以外に、hardとの対比でsoft、美女に従順でdocile、すぐ手を出さないからgradual、礼儀正しくpolite、誇り高いからwell-bornと、すべての意味が重ねられており、フィリップ・マーロウの人となりを一単語であらわしています。
矢作俊彦氏は
「タフでなければ生きてはいけない。やさしくなければその資格もない」
私は前回、そう書いた。これは誤訳である。あえて誤訳を書いた。何故なら、今、日本でハードボイルドというとき、それは全く誤訳のコンセンサスを避けて語ることができないからだ。「タフ」も「やさしさ」も月賦屋や工員相手の自動車ディーラーのコマーシャル・コピーに堕している。自分を最も気に入ろうとし、つまり、自分が自分であることを何より誇りとしたハードボイルドのディックたちが「資格」なんておごそかな言葉は舌をかんでも使うまい。資格なんかなくても生きていける。
「ハードでなければ生きてはいけない。ジェントルでなければ生きて行く気になれない」
これが正解なのだ。(『複雑な彼女と単純な場所』、p.138)
と書きました。ディックには「探偵」以外に「お〇ん〇ん」という意味があります。hardとgentleは本質的に翻訳不可能なのです。ちなみに
If I wasn't hard, I wouldn't be alive.
は、「(湯上りの美女を見て)勃〇しないなら、(男として)生きているとはいえない」という意味なので、矢作氏もちょっと違います。また
If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.
このeverをみんなスルーしています。たしかに難しいのですが、「生まれてこのかた、これほどまでに」という意味です。
この部分のもっとも正しい訳は
ハードでないなら、生きているとはいえない。これほどジェントルになれないとしたら、生きていてよかったとは思えない。
です。マーロウは自分の信条を述べているのではなく、「いい女と出会えない人生はつまらん、お前は最高の女だ」と言っています。ハードボイルドな男がいい女の前でgentleになるのは、信条ではなく本能なのです。
ここは冒頭のミス・ヴァーミリアとの会話の再演になっています。
「あなたに関してひとつ気に入ったところがある。あなたはみだりに人に触ったりしない。そして礼儀正しくもある――ある意味ではね」
「愚かなやり方だ。触るなんてね」
「そしてあなたに関してひとつ好きになれないところがある。なんだかあててごらんなさい」
「すまないが、わからないな。世間には私が生きているというだけで、頭に来る連中もいるみたいだけれど」
「そういうことじゃなく」(80/3510)
"There's one thing I like about you. You don't paw. And you have nice manners-in a way."
"It's a rotten technique-to paw."
"And there's one thing I don't like about you. Guess what it is."
"Sorry. No idea-except that some people hate me for being alive."
"I didn't mean that."
ミス・ヴァーミリアが言うには
There's one thing I like about you. / You don't paw.
And
there's one thing I don't like about you. / Guess what it is.
こういう対応です。マーロウがpawしないのが彼女の不満なのです。
https://www.merriam-webster.com/dictionary/paw
2: to feel or touch clumsily, rudely, or sexually
💛
原文にはこの手のエッチなダジャレが頻出しますが、もう一か所だけ挙げると
私は夕刊の早刷りを持ち、その背後に顔を隠して彼女を観察し、彼女についての知識を増やしていった。確かな事実と呼べるほどのものは得られなかったが、それでも暇は潰せる。(156/3510)
I had an early morning edition of the evening paper and behind it I watched her and added up what I had in my head. None of it was solid fact. It just helped to pass the time.
マーロウは美女を盗み見ながらエッチな妄想をしました。お〇ん〇んがsolidになりましたが、妄想なのでfactではありません。とてもいい時間を過ごすことができました。
💛
村上春樹氏は単純な描写すら理解できません。
私はレンタカーに戻り、渓谷に沿って霧の中を抜けて、ランチョ・デスカンサードに戻った。オフィスのあるコテージは施錠され、無人だった。仄かな外部照明がひとつ、夜間ベルのありかを示していた。そろそろと12Bの建物まで車を進め、カーポートに車をなんとか押し込んだ。そして大あくびをしながら部屋に戻った。部屋は寒くてじめじめして、惨めだった。誰かが留守中に部屋に入って、寝椅子からカバーを剥ぎ取り、お揃いのストライプのピローをはずし、ターンダウンをしてくれていた。(954/3510)
I went back to my rented chariot, and poked my way along the canyon through the fog to the Rancho Descansado. The cottage where the office was seemed to be locked up and empty. A single hazy light outside showed the position of a night bell. I groped my way up to 12C, tucked the car in the car port, and yawned my way into my room. It was cold and damp and miserable. Someone had been in and taken the striped cover off the day bed and removed the matching pillowcases.
ターンダウン(サービス)とは比較的グレードの高い宿泊施設で見られ、ベッドメイクやハウスキーピング以外のベッド周辺のマットやシーツ、スリッパなどの備品、ドリンクやお菓子などのチャージ、私用の衣服などを不在時に整えるサービスのことです。
ピカピカにターンダウンしてくれているなら「惨めmiserable」なわけがありません。ここのitは寝椅子や枕などの状況を指し、シーツと枕カバーを外されてむき身になっています。「じめじめしてdamp」いるのは、寝椅子で気を失っていたマーロウにだれかが氷を当ててくれたからです。また、原文では部屋の番号は12Cですが、よくわかっていない村上氏が勝手に12Bに「訂正」してしまいました。
そしてボックスのドアを開け放しにしたまま、十セント硬貨を入れ、ゼロを回した。(750/3510)
I left the booth door open and dropped my dime and dialed the big 0.
電話ボックスのドアを押して出て、通りの向かいに目をやった。(796/3510)
I pushed out of the booth and looked across the street.
電話ボックスのドアは開け放しにしていたはずですが?
💛
ただ僕は昔から疑問に思っていたのだが、なぜこの小説のタイトルが『プレイバック』なのだろう。英語のplaybackは普通に考えれば、録音や画像を「再生」して聞き返したり見返したりすることだ。しかしこの小説のどこにplayback的な要素があるのか、今ひとつぴんとこなかった。勘ぐれば、マーロウが「またまた同じようなことを繰り返してやらなくちゃならないのか」と嘆きつつ探偵稼業に励む、ということになるのかもしれないが、まさかそんな自虐的なタイトルをチャンドラーがわざわざつけるようなこともあるまい。おそらくそれは、ベティー・メイフィールドが「過去に経験したのと同じような犯罪に、またもや巻き込まれてしまう」ことを意味しているのだろう。「再演」という感じで。でももしそうだとしたら、長編小説のタイトルとしてはいささか求心力に欠けている、ということになりはしまいか?オリジナル・シナリオのタイトルをそのまま小説に流用しているところを見ると、作者自身はそれなりにこのタイトルに納得していたのだろうが、僕としてはもっと気の利いた、話の筋にぴったりしたタイトルがいくらでもつけられたはずなのにと思わないわけにはいかない。(「あとがき」)
訳者の村上春樹氏は、地の文にyouが何度か出てくるこの小説が、現在形の、だれかへの語り掛け(プレイバック)になっていることに気がついておらず、訳がおかしなことになっています。youが出てくるところをいくつか挙げると(村上氏が誤訳していますが)
もうひとつ推測できるのは、男は列車を降りたあと駅を離れ、そのあいだどこかに行っていたということだ。車を取りに行ったか、あるいは切り抜きを取りに行ったか、そこまではわからない。(172/3510)
Next point was that earlier on he had left the station and gone somewhere, perhaps to get his car, perhaps to get the clipping, perhaps anything you like.
私は電話を切り、入り口からスロープを降りた。11番ホームにたどり着くには、ヴェンチュラ郡までくらいの距離を歩かなくてはならなかった。乗り込んだ列車には、既に煙草の煙がもうもうと漂っていた。とても喉に優しくて、うまくいけば片方の肺くらいは使用可能なまま残してくれそうな煙だ。(206/3510)
I hung up, went through the gate, down the ramp, walked about from here to Ventura to get to Track Eleven and climbed aboard a coach that was already full of the drifting cigarette smoke that is so kind to your throat and nearly always leaves you with one good lung.
運転免許証がなければ、車を借りることはできない。それくらいはわかっていそうなものだが。(222/3510)
No driver's license, no U-Drive. You'd think she would have known that.
私はあまり好意を抱けない人々のために、安っぽくこそこそした覗き仕事をしてきた。でもそれがなんといっても私の生業なのだ。彼らが金を払い、私が地面を掘る。しかし今回、私はそれをけっこう楽しむことができた。彼女は身持ちの悪い女にも見えなかったし、悪党にも見えなかった。それが意味するのは、身持ちのよくない悪女に見えるよりは見えない方が、より有利に立ち回れるというだけのことに過ぎないのだが。(462/3510)
I was doing a cheap sneaky job for people I didn't like, but-that's what you hire out for, chum. They pay the bills, you dig the dirt. Only this time I could taste it. She didn't look like a tramp and she didn't look like a crook. Which meant only that she could be both with more success than if she had.
最後の文はshe could be bothだから「彼女は身持ちのよくない悪女にもなれただろうし、そうしたらもっとうまくやっていただろう」
私は煙草を一本箱から振って出し、親指でジッポーの蓋を開け、ホイールを回そうとした。片手で決してできないことではない。しかし動作はけっこうぎこちないものになる。でもなんとかうまくやりとげ、煙草を吹かした。あくびをし、鼻から煙を吐いた。(471/3510)
I shook a cigarette out of a pack and tried to push up the top of my Zippo with my thumb and rotate the wheel. You should be able to do it one-handed. You can too, but it's an awkward process. I made it at last and got the cigarette going, yawned, and blew smoke out through my nose.
つまり、『プレイバック』には著者から読者へのなぞかけがあり、読者が探偵になって解くわけです。youの正体はその謎の一つです。小説をよく読めばどうもおかしな記述があちこちあります。上で引用した部屋番号の「12C」もそのひとつです。著者が出すヒントをいくつか挙げると(村上訳は誤訳です)
彼女には常に何かしら少し人目につくところがあり、誰かが必ずそれを目に留めることだろう。人は自らから逃げおおせることはできないのだ。(445/3510)
There would always be the little oddness to be noticed and there would always be somebody to notice it. You can't run away from yourself.
thereは「ここ」つまりこの小説のことです。
我々はゆっくり向きを変え、二人用の寝椅子の方に向かった。そこにはピンクとシルバーのカバーがかかっていた。人は妙に細かいところに目を留めるものだ。(574/3510)
We did a slow turn in the direction of one of the twin day beds. They had pink and silver covers on them. The little odd things you notice.
寝椅子のカバーが、上の引用でいうoddnessです。
なにしろ年季を積んだ観察者なのだから、細部を見落としてはならない。(604/3510)
Trained observer, never miss a detail.
これはtrained observer、つまり読者への命令形です。
また
再び間があったが、今度は短いものだった。彼女は言った。「ベティー・メイフィールドよ。ランチョ・デスキャンサードからかけているの」。本来は「デスカンサード」というべきところだ。(362/3510)
Another pause, but shorter. Then: "This is Betty Mayfield, at the Rancho Descansado." She pronounced the "a" in Descansado wrong.
ここもなんとなくあるわけではありません。
💛
以上から、文学の基本の基本の基本がなっていない村上春樹氏は三流作家であり、この本はゴミだと言わざるをえません。ハヤカワの清水俊二訳も同レベルです。
【ウワサの現場】「世界の村上春樹」が語った翻訳の哲学 あの名ゼリフ「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない」は超訳? 誤訳?
「僕が柴田さんと一緒に仕事をするようになって35年くらいたつんですけれど、その間に僕が彼から何を一番学んだかというと『正確さ』という一語に尽きると思います。とにかくテキストの文章をできる限り正確に日本語に移しかえなさい、と。そのためには文章を細かく読み込みなさい、ということです。テキストに対する敬意を失わない、というのは翻訳家である僕にとってものすごく大事なことなんです」
『プレイバック』の訳が問題なのは、原文に不正確だからという点につきます。村上氏に翻訳者としての能力が致命的に不足しているのは、ここであきらかにしように、客観的な事実です。
『プレイバック』は非常にすぐれた作品なので、一流の読者はぜひ原文で読みましょう。比較的読みやすいほうだと思います。
レイモンド・チャンドラー『プレイバック』村上春樹訳は三流作家のゴミ訳なのです More ログイン