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Futaroの日記: ネットの情報とこども

日記 by Futaro

最近は、たとえば、2chや/.Jに限らないけど、日記や掲示板、blogなんかの情報が増えてきて「口コミ」情報がGoogleなどの検索エンジンを通して「マスコミ」的な意味を帯びてきている。さらに、思想信条の違いというようなレベルじゃなくて、明らかな技術的な間違いなどの情報もあふれている。結果として、きれいにまとまった情報ではなくて、玉石混交の情報をぼくらは受けることになる。でも、こうなってきたからこそ、情報を握っているマスコミ企業とかにも情報は独り占めされることがなくなった。モノの流通をつかさどっていたのが卸売りなども含めた「商社」であるとするれば、情報の流通をつかさどっていたのは、まさに「マスコミ企業」だった。でも、ネットのおかげでまとまってわかりやすい情報の中で安穏と暮らすことができなくなった反面、情報とはもともと不確かなものもあって、間違いもあるし、故意にどこかに誘導されやすいものでもあるから、気をつけて見ていなきゃ、ということもあたりまえになった。これは、社会秩序を作っている、ある意味の「幻想」や「権威」のなし崩し的な崩壊を意味するけれども、一方で、個々人それぞれが独立した人間として生きてゆく社会を作るためには、やはり通らなければならない道だったと思う。

ネットがあるから、人は情報を読むとき、それを疑って読むようになった。疑って読む人、裏を読もうとする人が増えた。これは進歩である。

商売としてマスコミ報道を考える必要のある企業において、その情報が信用されずに読まれている、という事実の拡大は、企業としての存続を長いタームで見れば侵していくものだろう。しかし、ジャーナリズムの使命そのものをまじめに考えるのであれば、それは喜ばしいことだ。ネットは、今までのジャーナリズムを事業として存続させる基盤を崩しつつある。ジャーナリズムとは、今回のイラクの人質事件で見るように、ある意味「無償の行為」どころか危険を伴う「マイナスの結果しか生まない行為」であることもある。事業の経済的成功とはまるで関係ない。だからこそ、政府の呼びかけに従って、事業しか頭になかったマスコミ企業の記者は全員その危険な場所から撤退した。本当にジャーナリズムの精神をわずかでも持った人間は、危険を冒してそこにとどまった。本質的にジャーナリズムの精神は資本主義的な事業の成功と相容れないものだ。ネットはこういうことをはっきりさせたのではないか?。

翻って、子供たちを見る。今の子供たちは「情報弱者」として、自らが積極的に社会にかかわることを余儀なくされている。だから、子供は大人びてくる。「一刻も早く大人になりなさい!」これが、今の子供たちに与えられたプレッシャーだ。そして、子供はいつの時代でもそうであったように、その柔軟な頭でそれを受け止め、毎日必死でそれとたたかっている。適応するにしろ、反発するにしろ、彼ら個々人の個性とやりかたで。

これからジャーナリズムの精神を受け継ぐのは、マスコミ大企業ではない。こじんまりした個人だ。まともなジャーナリズムが大企業として成立したのは、簡単に言えば、今まではネットがなかったからだ。

子供に、この精神を受け継がせよう。

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クラックを法規制強化で止められると思ってる奴は頭がおかしい -- あるアレゲ人

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