Futaroの日記: 47氏逮捕
Winnyの作者、47氏が逮捕。
/.Jの中でも言われているけど、Winnyを作ること自身が法律違反やその幇助にあたる、ということだとすれば、どこでも、誰でも、情報を共有できる、というこの仕組みの元を作ったTCP/IPの作者も、ftpの作者も、httpの作者も、またまったく同じ理屈で逮捕されなければならない。もし、こんな「逮捕」が今後も許されるとしたら、ぼくらプログラムを作っている人間は、プログラムを作ること自身の違法性を常に考えなければならなくなる。
日本国内では、銃刀法という法律があるから、銃を持つこと、作ることは基本的に禁止だ。なぜかというと、その道具そのものを作る、ということが犯罪である、と法律に書いてあるからだ。
Winnyは現段階では法律に「それを作ること禁止」とは書いていない。また、銃は日本国内で使う場合、ライセンスを必要とする。なぜかというと、人を殺したり傷つけたりする目的「のみ」に使われる可能性がきわめて高い、危険な道具だからだ。
Winnyごときで殺人はできない。Winnyは違法行為のみに使われるものではなく、合法の行為にだって使うことができる。また、違法な行為に使われたところで、それが銃ほどの緊急かつ重大な結果をもたらすものではない。だから、いままで法律でそれを作ることを禁止するまでもなかった。違法行為を行った人間への罪の認定と罰はあって然るべきだが、Winnyはその道具に過ぎない。
さらに、P2Pは、インターネットがもともと目指していた「情報の理想郷」そのものを実現するために作られたものと言ってよい。未成熟であったインターネットが、P2Pによってある意味完全になった、と言っても良いだろう。Winnyは多く著作権侵害行為に使われているから、Winnyの開発という行為は著作権侵害の幇助である、というこじつけは、やはり苦しい。同じ理屈で、ひもは殺人に使われることが多いから、ひもを作った業者は殺人幇助で逮捕されなければならなくなる。
著作権も、特許権も、もともとは「弱者」を守るための法律だった。弱者に権利を与え、国という枠組みの中でその権利を保護するから、大きな力を持った企業といえど、その権利者を無視することができなかった。だから、著作権も特許権も守られてきた。でも、同じ道具を弱い者いじめになぜ使うのか。そんなことをする国は「法治国家」とは言わない。強い者が弱い者の振りをしてそういう法律を振り回すこと自身が本当はおかしい。弱い者も強い者も、等しく同じ法律の下でそれを守りつつ、気持ちよく世の中を生きていこう、というために法律は作られたと思う。その根本に戻らないと、人間が今まで作ってきたものはみんな滅びてしまう。