L.Entisの日記: 性同一性障害
人間は、自分の性が何であるかを認識している。多くの場合は確信している。その確信のことを性自認と呼ぶ。通常は身体の性と完全に一致しているが、半陰陽(intersexual)のケースなどを研究する中で、この確信は身体的な性別や遺伝子的な性別とは別個に考えるべきであると言うことが判明してきた……
私の哲学の中では、ここで言う確信とは、意識の成立の過程で発生する(あるいは結果的に発生する)属性のひとつだ。
以前に書いた「我々の意識と言うのは、世界の、ある特定の部位に張り付いて、世界を感じているのであって」が指し示しているのは、意識がある特定の部分にくっついて移動することも表している。
ある特定の部分(が持っている情報)にくっついて移動するということは、意識に、自分が「ある特定の部分」であるということを意識させる。
そして、それを意識して初めて、自分は自分だと思うようになる。要するに、自分が存在している空間的範囲は意識自身が決定しているのである。
例えば、私は人間で、私は私の肉体を構成している空間の範囲が私だと思っている。思い込んでいる。
実際にはそれはあまり正しくはないのだが…
即ち、自分が何であるかと言うことは、意識が後で勝手に決めていることなのである(しかしこれはある意味必然的に決定されている)。
例えば、常に自分の体の一部に何かしらの道具を身に付けて日常的にそれを使っていたら、無意識のうちにそれを自分の体の一部であるかのように認識してしまい、その道具を取り外したときにむしろ違和感を覚えることだろう。
そのうち、時間があったら「意識とは何か?」について私の解釈を書こうかと思ってるんだけど、以前から書こう書こうと言ってるのに書いてないね…
まあ、結論を言えば実に簡単な話で、
意識=感じた情報の時間積分
というのが私の意識観かな。
例えば、ある人の一生の意識は、その人が生まれてから死ぬまでに感じた(見たり聞いたり感じたりした)情報をすべて足し上げたものである、と。
ただ、基本的には、意識を語る際には十分に短い時間、例えばある一瞬の状態を捉えて、その区間で積分して、それでもって、この瞬間のこの人の意識は、と語ることを想定してるんだけどね…
因みに、上の式?から分かるように、意識と言うのはインプットと時間が関係して紡ぎだされるものであって、アウトプットは無関係だと私は考える。
勿論、実際の世界ではアウトプットには一定のフィードバックが発生するのでそれがインプットとして働くという意味では、アウトプットも含まれると言うことにはなるだろうけど。
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