L.Entisの日記: あなたはどちらの味方なのっ!?
日記 by
L.Entis
時々ある。
何か、議論だか討論だかをしている際、相手から「Entis はどちらの味方なの?」と言われることがある。
そういう時は大抵、どちらの味方でもない。
仮に対立する意見なり案のうち、個人的にどちらかを推しているのだとしても、そう言われたりもする。
スラド自己紹介を読めば分かるように、私は論理と平等とエレガントな萌えを愛してあり、これらはすべてに優先される。
つまり、誰かの味方ではない。
私は、論理と平等とエレガントな萌えの味方なのだ。
ところで、時々ニュースで、病院や警察などを相手にした裁判が報道されることがある。
たいていの場合、なぜか被害者の市民が、悪の組織と戦っている、というような図式の下に報道されることが多いように思うのだが、判決で市民側が敗訴すると、これまたなぜか、時々「法律の壁が…」とか「裁判所は我々の苦痛を理解していない」とか意味不明なことを喋り、それが放送されたりする。
しかし、裁判所は誰の味方でもないはずだ。あえて言うなら法律の味方だ。
裁判所が、誰かの味方をするということは、裁判所の存在そのものを脅かす。
「法律の壁が…」と言うべき相手は国会議員であるべきである。
裁判に勝てるかどうかと、苦痛を受けたかどうかは関係ない。
当たり前だが、私が部屋の中で、足の小指を本棚の角にぶつけて苦痛を味わったことを、誰かを相手にして裁判を起こしたところで勝てるわけがない。
裁判に勝つためには、法的根拠と、訴えている内容とが論理的整合性を持って接続されていなければならない。
当たり前だ。当たり前すぎる。
小学校から論理的手続きに基づいた思考方法を訓練するようにして欲しい、マジで。
何か、議論だか討論だかをしている際、相手から「Entis はどちらの味方なの?」と言われることがある。
そういう時は大抵、どちらの味方でもない。
仮に対立する意見なり案のうち、個人的にどちらかを推しているのだとしても、そう言われたりもする。
スラド自己紹介を読めば分かるように、私は論理と平等とエレガントな萌えを愛してあり、これらはすべてに優先される。
つまり、誰かの味方ではない。
私は、論理と平等とエレガントな萌えの味方なのだ。
ところで、時々ニュースで、病院や警察などを相手にした裁判が報道されることがある。
たいていの場合、なぜか被害者の市民が、悪の組織と戦っている、というような図式の下に報道されることが多いように思うのだが、判決で市民側が敗訴すると、これまたなぜか、時々「法律の壁が…」とか「裁判所は我々の苦痛を理解していない」とか意味不明なことを喋り、それが放送されたりする。
しかし、裁判所は誰の味方でもないはずだ。あえて言うなら法律の味方だ。
裁判所が、誰かの味方をするということは、裁判所の存在そのものを脅かす。
「法律の壁が…」と言うべき相手は国会議員であるべきである。
裁判に勝てるかどうかと、苦痛を受けたかどうかは関係ない。
当たり前だが、私が部屋の中で、足の小指を本棚の角にぶつけて苦痛を味わったことを、誰かを相手にして裁判を起こしたところで勝てるわけがない。
裁判に勝つためには、法的根拠と、訴えている内容とが論理的整合性を持って接続されていなければならない。
当たり前だ。当たり前すぎる。
小学校から論理的手続きに基づいた思考方法を訓練するようにして欲しい、マジで。
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