L.Entisの日記: 意識の考察
日記 by
L.Entis
唐突だが、
意識のレベル=コンテキストのバッファ深度
だろう。
とりあえず、今日の思考メモ。
意識のレベルとは、人間的な感覚でいえば、意識がどれだけ鮮明であるか、またはどれだけ高級であるか、という度合い。
コンテキストとは、意識に対応する文脈、即ち、意識の主体が感じる、時間に対して連続する刺激。
コンテキストバッファの深度とは、端的にいえば、どれだけの時間のコンテキストが意識の中にあるのかと言う程度。
但し、時間と言うよりは、情報量や、情報の構造の複雑度のほうが正しい。
また、コンテキストバッファは記憶ではない。(無論、情報論上での、情報を記憶はしているが<当たり前)
例えば、「りんごは赤い」という記憶があったとしても、思い出さなければ、それは意識の中には存在しない。
しかし、コンテキストバッファ自体は意識ではない。
CPU に例えれば、命令の先読みキューと一連のエクゼキュータの機構が、多分意識。
レジスタを含めて、メモリは、意識と言うハードに乗っかっているソフトのような関係。
以上、他愛も無い、ただの思考メモ。
多分、他人が読んだら何のネタかと思うかもしれないけど、まあ、気にしないで。
意識のレベル=コンテキストのバッファ深度
だろう。
とりあえず、今日の思考メモ。
意識のレベルとは、人間的な感覚でいえば、意識がどれだけ鮮明であるか、またはどれだけ高級であるか、という度合い。
コンテキストとは、意識に対応する文脈、即ち、意識の主体が感じる、時間に対して連続する刺激。
コンテキストバッファの深度とは、端的にいえば、どれだけの時間のコンテキストが意識の中にあるのかと言う程度。
但し、時間と言うよりは、情報量や、情報の構造の複雑度のほうが正しい。
また、コンテキストバッファは記憶ではない。(無論、情報論上での、情報を記憶はしているが<当たり前)
例えば、「りんごは赤い」という記憶があったとしても、思い出さなければ、それは意識の中には存在しない。
しかし、コンテキストバッファ自体は意識ではない。
CPU に例えれば、命令の先読みキューと一連のエクゼキュータの機構が、多分意識。
レジスタを含めて、メモリは、意識と言うハードに乗っかっているソフトのような関係。
以上、他愛も無い、ただの思考メモ。
多分、他人が読んだら何のネタかと思うかもしれないけど、まあ、気にしないで。
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