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L.Entisの日記: 形式上の詭弁 1

日記 by L.Entis
続き。

例えば「大多数の人は善良だ」という話をしている時に「殺人をする人もいるのだから人間は邪悪だ」というのは一種の詭弁である。

しかし、「殺人事件が発生した場合の法律論」の話をしている時に「殆どの人間は殺人なんてしないのだからそんなのは極論だ」「詭弁だ」などというのは、論理を見ずに形式だけを見ている詭弁に過ぎない。

つまり、議論の主題に沿わない、外れた、或いは論理飛躍したものが詭弁であり、「大多数の人が善良である」ことに対して「例外的な希少事象」は反論にならないし(逆に「希少事象が存在する」ことに対して「そうでない大多数が存在する」ことは反論にならないし)、法律や規則(やプログラム)は発生しうる全ての事象に対処できなくてはいけないのだから、発生しうる事象を「極論だ」として扱ってはならない(規則のなかで発生しうる希少事象に対する指摘は詭弁になりえない)。
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  • by Anonymous Coward on 2010年12月14日 1時50分 (#1873466)
    世の中には一定数(自分の頭を使わないと言う意味で)楽な方に流れたがる人達が居て、
    「詭弁」と言う言葉の意味とか一切知ろうとせず、相手を議論から除外して勝利宣言できる必殺技か何かのように、
    「詭弁のガイドラインの第n項に当て嵌まるので詭弁」とか言い出すので萎えます。
    小学校からやり直して来い。

    「エビデンスが無い」とかわざわざカタカナ使う「分かってるフリをしたがる人」まで、
    反証がひとつでもあれば成立しない主張と、全てを反証しないと成立しない主張の区別が付いてなかったり、
typodupeerror

UNIXはシンプルである。必要なのはそのシンプルさを理解する素質だけである -- Dennis Ritchie

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