L.Entisの日記: 売れるコンテンツを決めるのは誰か 9
日記 by
L.Entis
ここで「売れる」と言うのは、単にコンテンツが沢山売れる、という限定的な意味ではなく、沢山の人に支持される、(狭い範囲か広い範囲かいずれにしても)ブームになる(似たようなものが流行る)、という、意味において。
私は、売れるコンテンツを決めるのは基本的に消費者ではないと考えている。
消費者は限定的な意味でのみ、売れるコンテンツを決定する事が出来る。
市場に供給された作品の中で、情報的に到達可能な範囲、という極めて限定的な範囲に狭められているために、消費者は自分が選んだつもりでも、実際には殆ど主体的に選んではいないと言える。
無論、一般的には、情報として到達可能な作品の範囲を広くする事は出来るし、消費者が自ら望むコンテンツを創出することもできるが、要するにそれはマニアやオタクのことであり、一般的ではない。(前者の「一般」は論理としての一般であり、後者の「一般ではない」は「逸般」のことである)
特にコンテンツ供給者がオタクである場合には、消費者が売れるコンテンツを決定できないことに正のフィードバックを掛けていると考える。
一般論を言えば、より素晴らしい作品が売れるが、素晴らしい作品はそれを作る事の出来る作者がそれを作らなければならない。作者がそれを作るにはそれを作りたいと思わなければならないが(※)、まず始めにコアなオタクや作り手の間での流行のようなものがあるわけである。(上で述べた事を思い出して欲しい。コアなオタクや、そうである作り手は到達可能な作品数が多かったりして、「大衆消費者」とは異なり自ら好きなものをより多く選ぶ事が出来る上、自ら作り出すことが出来るのである)
これは、より広い「消費者としてのオタク」での流行とは別の空間での流行であり、消費者は選べ無い。
さて、作り手の間で流行があると、より多くの作り手がその流行の系統の作品を作るわけで、そうすると必然的に素晴らしい作品が作り出される可能性が上がるわけである。
そういうわけで、しばらく遅れて「消費者としてのオタク」で、それが流行する。
消費者は選んでいるつもりで、実際は選ぶ権利はないわけである。
なぜなら、素晴らしい作品を選ばざるをえないのだから。(総体として。無論局所的には個別の好みがある)
さて、こうして流行してくると、それを知らない外の人にも作品の情報が到達可能になり、より広がるわけだが、そうなると「君、君、最近○○が流行ってるんだって?じゃあ、ウチもそういうのを作ってね」と良く分かっていない人が、作品を作らせるわけだが、大概、良く分かっている人が作っていない作品が良いわけが無いので(流行の後追いで良い作品が出る場合は、良く分かっている人が作っている場合のみである)、ますます、消費者に「自ら選んでいる」と錯覚させるわけである。
※そうでないのは、「君、君、最近○○が流行ってるんだって?」と肩を叩かれた作者だ。まあそれでも、才能があればそれなりに良い作品は出来るわけだが。
私は、売れるコンテンツを決めるのは基本的に消費者ではないと考えている。
消費者は限定的な意味でのみ、売れるコンテンツを決定する事が出来る。
市場に供給された作品の中で、情報的に到達可能な範囲、という極めて限定的な範囲に狭められているために、消費者は自分が選んだつもりでも、実際には殆ど主体的に選んではいないと言える。
無論、一般的には、情報として到達可能な作品の範囲を広くする事は出来るし、消費者が自ら望むコンテンツを創出することもできるが、要するにそれはマニアやオタクのことであり、一般的ではない。(前者の「一般」は論理としての一般であり、後者の「一般ではない」は「逸般」のことである)
特にコンテンツ供給者がオタクである場合には、消費者が売れるコンテンツを決定できないことに正のフィードバックを掛けていると考える。
一般論を言えば、より素晴らしい作品が売れるが、素晴らしい作品はそれを作る事の出来る作者がそれを作らなければならない。作者がそれを作るにはそれを作りたいと思わなければならないが(※)、まず始めにコアなオタクや作り手の間での流行のようなものがあるわけである。(上で述べた事を思い出して欲しい。コアなオタクや、そうである作り手は到達可能な作品数が多かったりして、「大衆消費者」とは異なり自ら好きなものをより多く選ぶ事が出来る上、自ら作り出すことが出来るのである)
これは、より広い「消費者としてのオタク」での流行とは別の空間での流行であり、消費者は選べ無い。
さて、作り手の間で流行があると、より多くの作り手がその流行の系統の作品を作るわけで、そうすると必然的に素晴らしい作品が作り出される可能性が上がるわけである。
そういうわけで、しばらく遅れて「消費者としてのオタク」で、それが流行する。
消費者は選んでいるつもりで、実際は選ぶ権利はないわけである。
なぜなら、素晴らしい作品を選ばざるをえないのだから。(総体として。無論局所的には個別の好みがある)
さて、こうして流行してくると、それを知らない外の人にも作品の情報が到達可能になり、より広がるわけだが、そうなると「君、君、最近○○が流行ってるんだって?じゃあ、ウチもそういうのを作ってね」と良く分かっていない人が、作品を作らせるわけだが、大概、良く分かっている人が作っていない作品が良いわけが無いので(流行の後追いで良い作品が出る場合は、良く分かっている人が作っている場合のみである)、ますます、消費者に「自ら選んでいる」と錯覚させるわけである。
※そうでないのは、「君、君、最近○○が流行ってるんだって?」と肩を叩かれた作者だ。まあそれでも、才能があればそれなりに良い作品は出来るわけだが。
What a Wonderful World (スコア:0)
能動的な人は消費者ではないと定義されるクルクルパーな世界です
Re: (スコア:0)
消費者という言葉の意味からして自明だと思うが。
思い出したのはこれ (スコア:0)
TEDのムーブメントの起こし方
http://recommend-ted.blogspot.jp/2012/02/derek-sivers-how-to-start-mov... [blogspot.jp]
http://www.aoky.net/articles/derek_sivers/how_to_start_a_movement.htm [aoky.net]
この動画を見たからではないが、その作品の良さを伝えられる人=エヴァンジェリストがどれだけいるか?
ということが売れるコンテンツを決定する要素だと思っている。
ピカソの作品も、素晴らしい!という人がいなければ、ほとんどの人にとってはただの落書きに見えるのではないか?
ステマが流行しているのも捏造のエヴァンジェリストを作りあげるためではないか?
オタクといえばアニメなので、アニメで考えてみるが、
ヤマトやガンダムが作り手の中の流行から生まれたとは言えないのではないか?
なお、そこそこ売れた作品には、作り手の流行から生まれたと思えるような作品があることは否定しない。
どこで線を引くかの問題 (スコア:0)
ファッションでもトレンドは事前に準備するものですから、その中から売れた服が出ても消費者が
選んだわけでは無いですよ、と言われればはあそうですねと言わざるを得ませんが。
複数トレンドの盛衰があるのはトレンドそのものが消費者に支持されなくなったからではないですか?
その意味においては売れるコンテンツはやはり消費者がえらんでませんか?
Re: (スコア:0)
> 複数トレンドの盛衰があるのはトレンドそのものが消費者に支持されなくなったからではないですか?
新しいトレンドを売り手が仕掛けたからでしょ。
Re: (スコア:0)
新しいトレンドを売り手が仕掛けない限り、前のトレンドがいつまでも支持され続けるってこと?
うん、違うね (スコア:0)
『コアなオタクや作り手の間での流行のようなもの』と、
『「消費者としてのオタク」での流行』が
『別の空間での流行』と言う認識が現実とは違うね。
あるジャンルにおいて作り手である者が、
別のジャンルでは「消費者としてのオタク」である、と言う事はあるけどね。
Re:うん、違うね (スコア:1)
供給側にトレンドが存在する場合、消費者が選択できるのは、それを選ぶか選ばないかと言うことだけです。
消費者は、店に置かれていない商品を買うことは出来ないんですよ。
店に置かれているという時点で、既にメジャーなのですよ。
Re: (スコア:0)
> 消費者は、店に置かれていない商品を買うことは出来ないんですよ。
> 店に置かれているという時点で、既にメジャーなのですよ。
これだけ正規の販売ルート以外で流通するコンテンツが増えても、
未だにそんな事言ってる人がいるのか。
なるほど、作り手は店に置かれていないトレンドに手が届き、
それ以外の者は店に置かれたトレンドにしか手が届かない、
と言う幻想を見ているのね。
「この世の全てのトレンドは電通が仕組んでいるのだ!」ってのと大して変わらないな。
でも、『「君、君、最近○○が流行ってるんだって?」と肩を叩かれた作者』のみ別扱いと言うのが、
オタの願望と言うか、無理筋なシナリオだなぁ。