Ledの日記: アタマの体力
久しぶりにまとめて書きたくなったのでこっちの日記で。
こういう形ではあまり語られない気がするが、最近の個人的な経験から「アタマにも体力が当てはまる」と思っている。フレームに巻き込まれたとき、難しい文書を読むとき、馬鹿馬鹿しい現実にトホホなとき、頭を切り替えるとき、アタマが疲れるのを感じる。アタマが疲れるとどうなるか、行き過ぎると悲しい気持ちに近いような不幸せな気分になるし、その軽い前兆も感じ取ることが出来る。個人の頭の中の出来事なので、うまく言葉に出来ないし、適切な単語は無いかもしれない。それは鬱というのかというとそうでもなくて、寝れば直るので体力という概念がよく当てはまる。あるいはMP。短期的には寝なくても楽しいことをすると回復したりする。あるいはちょっと居眠りをするのも効果的だ。
仕事中・勉強中に/.jpやtwitterをチェックしたくなるのも、居眠りをしたくなるのも、紅茶を飲みたくなるのも、短距離を全力走った後みたいに一時的にアタマの体力が続かないからであって、ちょっと休憩するとすぐにまた元に戻れるのも体力という考え方によく当てはまる。世に言う集中力がある人というのはこのアタマの体力が持続する人のことを指すのだろう。
今までは自分が疲れていることも知らずに走り回って、それでキツイキツイというような、そんな状況だった気がする。ちょっと休憩するたびに自分は駄目な奴だという気がして、それが更にアタマの体力を奪っていた気もする。アタマの体力を回復するという目的があるとすれば、適切な休憩を挟んで仕事をするのは、休憩しながら長距離を歩くのと大差ない。
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7つの習慣を読んだとき、「重要かどうか」と「緊急かどうか」で物事を4つに分ける話があった。この部分で娯楽と言うものをどう扱うべきか、ずっと疑問に思っていた。今わかったのは、アタマの体力が切れ掛かってるとき、娯楽は空腹時の食事と同じで「緊急」で「重要」なことになる。逆に、アタマの体力があるときに更に娯楽をするのは、腹いっぱいのときに更に甘いものを食べるがごとく「緊急」でも「重要」でもないことになるわけだ。すっきりした。
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