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Maxの日記: コトバ雑感

日記 by Max

なぜかミシェル・フーコーの話題が...

そういえばカイシャの上司から勧められて読んだなぁ(どういうカイシャだ)。
そのときはいろいろアタマの中でひらめいたり、感心したりしたけど今となってはあまり
言葉としてアタマの中には残ってないし、思い切り不勉強なのであまり書かないでおこう。

で、漢字のような象形文字は表音文字とちがって、文字自体がイメージや意味を持ってるわけだから
言語自体が一つの民族的無意識というか普遍的無意識を具象化したものになってると思う。
繁体中国語を見ていて、漢字を知っていれば何となくわかったような気になってしまう錯覚はそのあたり
にあるんだろうとおもう(実際錯覚だ)。

が、日本というクニの言葉はまた違う。あいうえおかきくけこ・・・・という音のそれぞれに実は
固有のイメージがあって「モノ」につけられた「ナマエ」は、その「モノ」の特徴を表す「音」に
なっている。「綿=わた」という言葉はヤマト言葉的に解釈すると「暖かく・豊かにしてくれるもの」
という意味があるのだという話を知人から聞いたことがある。実に発音に「イメージ」を込めるという
言語なのだと思う。「日本語が荒れた」とかいう非難をよく聞くけれどボクにしてみれば、
このクニの人たちの言葉に対する指向は全然かわってないのであって、新しいコトバも音から何かの
イメージを喚起する方向で生み出されている気がする。短歌や俳句といった様式美を追求する
文学がこれだけ発展したのも、おそらく「フレーズ」として音の組み合わせを追求するヤマト的思考
が背景にあったんだと思う。

#山頭火は別格だ

漢字というのは本来このクニでは外来のものなのだと思う。漢字を知らなくても、民族性は保持されて
いると思うのだわ。よって、日本語はさほど荒れていないと思う。

「ホゲホゲ」も「アレゲ」もはっきりした意味は分からなくても(ていうか、説明はあちこちにあるけど
それらのどれが「正解」なのかははっきりしない)「何となく」わかった気になれるのはそういう所
じゃないかと思う。

#今ある50音というのは実は洗練あるいは簡略化によってできあがった音で、古代には
#もっとたくさんあったらしい。

で、再度ラテン語圏やゲルマン語圏の話になるんだけれど、じゃ、彼らは音から喚起されるイメージ
の秘密に気がついていないかといえばそうではなくて、礼拝の時に捧げるコトバなどにその片鱗を
見ていると思う。その音がさらに歌謡的な性格を持てば、コーラン詠唱やカッワリ(イスラム叙事詩
の詠唱)といったものになるが、礼拝の「アーメン」にしろコーランにせよ論理的な思考を越えた
音のエネルギーの秘密に着目したものだということで、さらにさかのぼるとインドあたりに源がある。
仏教以前のインドから「オーム」が伝搬する課程であちこちの宗教に取り入れられたという話だ。

論理的思考だけがニンゲンの精神活動じゃないんだけど、それ以外の分野に軸足をおいた言語は
西洋では神秘学とか宗教の分野にかかってしまうので、優秀な思想家でもそのあたりは無意識のうちに
回避してしまってたんじゃないかな、とフーコーの「言語」に関する考察を見て思った次第。

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ハッカーとクラッカーの違い。大してないと思います -- あるアレゲ

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