パスワードを忘れた? アカウント作成
506048 journal

NightWalkerの日記: 一発ギャグより落語

日記 by NightWalker

今の自分は派遣GKで、しかも青いレーザーを作っている所にいるので極端な立ち居地に居るわけだが、ゲームにまつわる個人的な感想と展望をメモしておく。来年頭に読み直したらどんな気持ちになるだろうか?

1/4に横浜ヨドバシでPS3の在庫を自分の目で確認した。前日に仙台ヨドバシで3000台入荷というニュースも見ていたのだが、モバイルヨドバシでもメールが飛んでくるくらいだからヨドバシにはかなりの数が入荷したのだろう。しかし在庫があっても自分で買わないところがなんともヘタレだ。ソフトが揃って来る春ごろには買うと思う(特にGT5)。
年末にPCWatchでゴトゥーザ家のゲーム事情が連載されていたのが面白かった。どこを見ても偏向記事に見えてしまう中、個人的趣味を前面に出した面白いレポートだ。つくづくゲーム機はソフトが全てなのだと思い知らされる。ハードは手段。ソフトが目的なのだ。FPSには興味ないけど、XBOX360のソフトの充実さには魅力を感じてきてしまった。いや、それよりもあのリビングに魅力を感じてしまう俺は単なるアホかもしれません。ところどころに散りばめられた単語に反応するヲタクなのはさておき。

後藤家のWiiのコントローラに対する反応も興味深い。たぶん、あれが一般的な反応なのだろうと思う。WiiはクラシックコントローラでVirtualConsolというオプションもあるけども、全員が持ってないのだからクラシックコントローラ前提のWiiソフトが出るとは思えない。という意味で、従来の据え置きゲーム機のユーザーを切り捨てた(相手にしてない)のだと思う。非ゲーマーを獲得できれば商売的に美味しいというDS戦略をより過激に押し出したのがWiiだ。今までの非ゲーマーを相手にしているわけだから、任天堂社長の『私たちが戦っているのはPS3ではない』発言につながる。もちろん圧倒的売れ行きを背景にしているわけなので言われて当然だ。
実は1週間前に、ゲーム狂の子供と相談した結果、GameCubeの新品とGC用ゼルダ(トワイライトプリンセス)が我が家に導入された。子供はヌンチャクに慣れなかったのと数人の反応を見て決めたようだ。元々GC用に開発されていたというゼルダであれば、GC用を用意するのも当然の事かもしれないが、せっかくのWiiの普及の障害になったのは皮肉だろう(n=1の統計的結果であるが)。

切り捨てたといえば、DS向けにドラゴンクエスト9が発売されると発表されたが、アクションものである件と据え置きゲーム機向けでは無い件で非支持が多いらしい(ファミ通というバイアスを考慮しつつも46%が歓迎できないとの事)。俺も非支持だ。従来のユーザーは切り捨てた(相手にしてない)という事なのだろう。今の勝ちハードがDSである事は間違いないが、アクション物とか亜流に感じる、俺のような昔ゲーマーおっさんにしてみると、数年に1度のドラクエくらいしか落ち着いてTVの前でゲームする機会は無い。もうそれすら許されなくなったのか、と悲しい気持ちだ。通勤電車でちょっとドラクエとかふざけるなと言いたい。
現時点でPS3向けに作るのはありえないだろうが、PS2+DQ8システムで新シナリオを発売したら、ナンバリングされなくてもかなり売れるだろう(スクエニで出せないならDQ8システムを売ればいいのにと思うくらいの出来だ)。「据え置きだったらWiiでいいじゃない!」と言われそうだが、前述の通り従来ゲーマーを相手にしてないWiiで出されても困るだけだ(GC用が用意されれば別にかまわないが)。

ゲーム業界では何でもかんでもDSという風潮がある。しかしどんなものにも向き不向きがあるわけだ。間違いなくパーソナルなゲームはDSがふさわしい。嫁はときめきメモリアル Girl's Sideを楽しみにしてる。自分の名前を声優に呼んでもらいたいっていう願望があるようだが、据え置きゲーム機じゃないと無理だって判っているようだ。それでも子供に(俺にも?)見られず一人の世界に没頭できる方がいいらしい。いっその事、エロゲもDSで出せば解像度が物理的なモザイクになってちょうどいいかも?
ROMカートリッジ最後のゲーム機であるDSのメリットは起動の早さだろう。小学生低学年には光学ドライブのゲームは耐えられないようだ。時間があるときにちょっとだけって使い方はお手軽だ。DSにとってのライバルは携帯電話のゲームかもしれないな。中学生後半になれば当たり前のように持っている時代。DSのメインターゲットは小学生から中学生くらいまでなのかもしれない。ちょうど光学メディアの取り扱いがネックになりそうな年齢層であるのは偶然じゃないだろう。
ROMカートリッジの問題は容量と価格だ。DQ9ではストーリーの長さが非常に心配だ。長ければいいって物でもないが、2,3日で終わるようじゃ毎年出してもらわないと釣り合わない。FF3ならポリゴンにしてもROMカートリッジに収まるちょうど良い容量だったが、DQ9はせめてDQ5並みのストーリー長でなければ話にならないと思う。「その代わりにオンライン対応だから!」って全然代わりになってません。DQ9は複数カセット対応である噂とか、DS用GBA-SDメモリ変換アダプタ(または新DSにはSDスロット付)という噂も、容量に対する不安を反映しての事だろう。
余談だけど、PSPがDSと住み分けられるヒントはここにあると思う。大容量の光学ドライブを積んだ事を最大限に生かすコンテンツこそがPSPに望まれている(それ以前にPSPアプリを公開すればよいのにと思う。Brewのように試験後に電子署名付で公開できるようにすれば・・・)。
ところで、DSで100マスとか漢検まである辺りは実に微笑ましいと思う。触った事がないので想像(一部実体験)で言うが、親の「これで少しは勉強して欲しい」という願望と、子供の「ゲームをやっている姿を見られても正当化できる」という思惑が一致した手堅いコンテンツだ。こういうゲームが出る事がインフラとしてのDSの凄さが判る。いまにPalm/DSが出るに違いない。そうすれば会社で仕事中にDSをどうどうと開いてごにょごにょ出来る世の中になるかもしれない。

さて、話をまとめよう。
今の時代の流れは、質を求めない方向に動いている。そこそこの質で便利で安いものが最も良いとされる世の中だ。
DSはお手軽ゲームで非ゲーマーにゲーム機を触らせる事に成功したが、あれは非ゲーマー向けのゲームであって、今までのゲームとは異質のものだ。DSだけの現象ならば一向に構わないのだが、今は何でもかんでもDSで、従来のゲームも全部DSにしさえすれば良いという流れもある事から、DSの非ゲーマー向けの価値観がゲームの全てとなりかねない。家の中が100円ショップで売っているもので周りを埋め尽くされる恐怖だ。100円ショップは悪くないし否定はしないが「それだけ」なんて真っ平だ。

落語より一発ギャグを目指せ、というのがDS戦略。一発ギャグは分りやすく、次々と新しい一発ギャグを繰り出していく。落語の話はある程度長く構成がしっかりしている必要がある。落語家はすぐに真打になれるわけでもなく、聞くほうにも一定の知識が要求される。どちらが「笑い」の本筋か?なんて誰も答えられないが、新しい落語大作が面白いかどうかは別の話なのだから、経営者にしてみればサイクルの速い一発ギャグの方が有利に思えるだろう。
面白いかどうか、という以外にもうひとつ重要な要素がある。「質」だ。画質や品質とも言えるが、無名の質(QWAN)と表現したほうがニュアンスが伝わると思う。
# DSは質が低いと言っているのではなく「そこそこの質で便利で安いもの」を求める今の流れの象徴がDSなのだと思ってる。
経営者は、数字で表現できないような「質」は評価しない。仕事でも価格と納期の話ばかりで中身については論じられる時間が少ない。心配りの結晶である、プログラムの質なんて定量化できっこないのだから仕方ないと諦めている。しかし、質は大切だ。そしてユーザーはまだ質を嗅ぎ分ける事が出来るのではないかと思う。
質は思想だ。コストと正比例するものではない。コストと納期の枠の中で最大限の質の向上を目指すなんていう悪あがきを俺は目指したいし、評価していきたいと思う。

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
typodupeerror

アレゲは一日にしてならず -- アレゲ見習い

読み込み中...