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NurseAngelさんのトモダチの日記。

14255090 journal
日記

phasonの日記: 「数」を認識できない男 6

日記 by phason

今週号のScienceの記事で紹介されていたもの.元論文は未読.

人間の脳がさまざまな物事を認識する方法は非常に複雑であり,その解明はまだほとんど進んでいない.特に高度な認知能力などに関しては,人間ではおいそれと実験できないうえに,動物の場合はそもそもそういった認知能力が無かったり,あったとしても意思の疎通が難しいことからなかなか研究を進めにくい.そんな脳機能の研究において重要な役割を果たしているのが,事故や疾病により脳機能が部分的に失われた患者の協力による研究である.
酸欠や外傷,各種疾患では,脳のごく一部のみの機能が失われることがある.そのような患者では時として,多くの活動においては通常通り行えるのにある特定の物事に関する認識や操作が出来ない,などの非常に特徴的な現象が見受けられる.そのような現象を注意深く観察することで,脳の活動に関する情報が少しずつ得られるわけだ.

*例えば以下のような本は一般向けとしても非常に興味深かった.
『もうひとつの視覚―〈見えない視覚〉はどのように発見されたか』メルヴィン・グッデイル&デイヴィッド・ミルナー,新曜社
『脳のなかの幽霊』ヴィラヤヌル・S・ラマチャンドラン,&サンドラ・ブレイクスリー,角川
その他オリバー・サックスの各種著書にも興味深い症例がある.

今回紹介されていたのは,「数字」が認識できない男性(以下RFS.この手の仕事では,個人名を伏せつつもどの症例なのかが特定できるように,適当な略称がつけられる)の話である.
Engineering geologistであったこの男性(60代後半)は,頭痛などに悩まされ病院で診断を受けたところ大脳皮質基底核変性症であることが判明した.この病気は現在でも原因がよくわかっておらず治療法のない難病であり,主に大脳皮質と基底核の神経細胞が徐々に死んでいくためにその機能が失われていく.脳のどの部分から進行するかは人により大きく異なり,そのため現れる症状も多岐にわたる.
RFSの症状で特徴的だったのは,「数字」が認識できないというものだ.例えばスポンジでできた「8」の字を渡すと,彼には「何かぐちゃぐちゃな変な形をした物体」としか認識されず,その絵を描いてほしいと言われてもぐちゃぐちゃで意味をなさない形(何かの抽象画のような,まるで「8」には似ても似つかない形)しか書くことができない.手で触って形を認識してもらうと,部分的なカーブや形状はよくわかるが,全体としての形を認識しようとした瞬間=それが数字だと判明する瞬間,その形状は頭から抜け落ちなんだか意味の分からないぐちゃぐちゃな形に感じられてしまう.
興味深いのは,このスポンジでできた「8」を横に向けていってもらうと,ある瞬間急に「∞」という形だと認識できる(彼はこれを「マスク」だと認識したようである)という点である.つまり視覚には全く異常がないのに,それが数字だと感じた瞬間に形が認識できなくなるのだ.このためRFSは値札や道路の制限速度表示,ホテルの部屋番号などが一切認識できない(覚えていられないのではなく,そもそも文字として認識されない).その一方で,単語など文字は普通に認識できる.さらに興味深いのは,「0」と「1」に関しては認識できるらしいのだ(そして2~8はその文字自体を認識できない).
※記事では「0と1は形状が文字に似ているからではないか」と書かれている.このため彼は新しい表記法を覚え,"2"の代わりに"L"を,"8"の代わりに"「"を使うなどして(そのために数字部分を入れ替えた専用のフォントを使用した),しばらくは仕事を続けることができたらしい.

この「数に対する不認知」は,彼の脳自体の認識に大きく依存することも明らかとなった.例えば「ある特徴的な形」や「ある特徴的な文字」が「特定の数字」に対応することを脳が十分に理解すると,つまり「〇〇というのは2を表す」というようなことが脳の回路として焼き付けられると,彼はその形状自体をもう認識できなくなってしまうのだ.

別な実験では,大きく書かれた数字の中に,小さく顔の絵を埋め込んだ.すると「数字が認識できない」という効果が顔の認識を凌駕して,全体が何もわからなくなってしまった(つまり顔が描かれていること自体が認識できない?または見えない?).ただこの場合でも,無意識化では顔を認識しているようで,顔の認識に関連する脳波活動自体は確認されている.つまり,無意識化で顔を認識しつつも,それが意識に上がってくる前に「数字が認識できない」という部分に関係する活動によりかき消されている,というように思われる.

このようなRFSの症例は,人間が「数」を認識する際にどのような処理が行われているのか,に関するさまざまな洞察を与えてくれることだろう.ただ悲しいことに,RFSの症状は最近になって急激に進行してしまい,行動や会話が自由にできない状況になってしまっているそうだ.

分野外なので報告されているこの症状がどのようにして引き起こされているのかはわからないが,なんとなく,人間の脳内には「数」を扱うためのサブルーチンが備わっており,そこがダメージを受けている,というような描像が思い浮かぶ.脳が見たことや把握したことを「数」と認識するとそのサブルーチンに投げるが,サブルーチン自体が病により破壊されているため意味のある戻り値が無く,おかしなことになっているのだろうか?
何にせよ,奥深い脳の活動の世界には興味が尽きない.

14236346 journal
日記

phasonの日記: ロボとベイズ探索を用いた物質探索(素晴らしきブラック職場) 1

日記 by phason

"A mobile robotic chemist"
B. Burger et al., Nature, 583, 237-241 (2020).

触媒化学などでは,さまざまな助触媒等の添加物を加えることでその活性が大きく変化することが知られている.しかも複数の物質を加える場合,それらの添加物間にも相関が生じることもあり,Aを入れると活性が上がる,Bを入れても活性が上がる,しかしAとBを同時に加えると活性が下がる,など非常に複雑な応答を示すことも多い.このため高活性の反応条件を見つけ出すためには片っ端から組み合わせを試す,というのが有効なのではあるが,何せ人間の手数には限りがあり,短時間で大量の組み合わせを試すのは至難の業である.
液体同士の反応などの場合は,マイクロ流路チップなどに複数の薬剤をポンプで繋ぎ,プログラムしたポンプでそれらを適宜駆動することでさまざまな比率での混合・反応を短時間で試すことが可能となっている.しかし固体の粉末などを用いる実験ではそういった装置が組みにくく,学生やらバイトやらを総動員してしらみつぶしに物質探索を行う,などがボトルネックとなっていることも多い.
(この辺は昔に高温超伝導体の物質探索が通った道でもある)

さて,ただひたすらに似たような作業を繰り返す場合,工業的にはロボットが多用されている.しかも近年の技術の進歩により,ロボットには非常に柔軟で高機能な腕を備えたものもあり,これを化学の分野に応用できれば無人で黙々と物質探索を行うことが可能なのではないだろうか?
今回紹介する論文は,そんな目論見で実験のオートメーション化を図り,さらに制御プログラムがベイズ探索を行うことで短時間で高効率な反応条件を見つけ出せることを実証した,という論文になる.ターゲットとしたのは光触媒による水の分解で,加える物質などを条件を変えながら,光照射により発生する水素の量をガスクロで定量している.

まずは使われた働き者のロボットはこいつである.休日なしでも文句も言わず,バッテリーにより1日に21.6時間ほど稼働する(それ以外の時間は充電ステーションで休憩)ナイスガイだ.上部に備えられた腕は7自由度でさまざまな動きが可能,14 kgまでのものを持て,80 cm強の距離まで伸ばすことが可能.さらに本体には最大で200 kgのものまで載せて移動することができる.細かいことを言うと上に載っている腕と下のベースは別のロボットなのだが,まあこの実験の範囲では一体となって稼働するので合わせて1台と思ってよい.
本体には作業場所のマップを入力してあり,レーザー測量と組み合わせて理想的には1 mm以内(実際に実験室で試しても10 mm以内),角度も2.5度以内という高い精度で位置をコントロールできる(ついでに言うと何なら暗闇の中でも稼働できるので,光に弱い化合物の合成にもうってつけだ).
この精度はたいていのことには問題ないのだが,小さなサンプル瓶の取り扱いにはやや問題がある.そこで各実験場所で補正用のキューブを使用している.ロボットが所定の場所(例えばサンプル管を取り出す,などの場所)に来ると,その場所には補正用の100x100x50 mmの黒い箱が固定してある.ロボットはアームでこの箱の周囲6点に触れアームの位置を再確認(補正)することで,位置精度±0.12 mm,角度精度±0.005度という非常に高精度な動きを可能としている.

このロボットもいろいろできるのだが,それだけで実験を行うことは難しい.著者らはこのロボットに加え,メトラーが販売している粉体ディスペンサーQuantos QS30(設定された量の粉末を吐出する)や,少量の液体を正確に送り込める蠕動ポンプ&出てきた液量を重さで測るための電子天秤も用いる.これらは例えばArduinoなどで制御され,メインのAIが設定した量の原料を適切に提供する.ロボットはサンプル瓶(が16個ぐらい入るケース)をもって移動,各種の物質をさまざまな比率で混合し,それを窒素ガス下で封入(さすがにこの装置だけは市販ではなく,特注で作ったらしい),振盪機に入れよく振り交ぜながら光照射,その後ガスクロのところへ持っていきセットすると制御されたガスクロが水素の発生量を定量する.得られたデータは全体を統括するAIに送られ,どのような比率で何を混ぜるのが効果的なのかをベイズ探索により推測し,より高効率な組み合わせができると思われる分量を設定する.そしてロボは(充電時間以外は)サボりもせず黙々と実験を続けるわけだ.なお,実際の全体像各種装置のところを見てもらうとわかる通り,ロボの移動を考えかなりスペースをとった実験室を作っている.

それではまずは,ロボが黙々と働く様子を見ていただこう.

文句も言わず黙々と働くロボ
夜も暗闇の中で働く
キャリブレート後,粉を入れてもらったり液体を入れてもらったり振盪したりガスクロを使いこなすロボ(ボタンも押すよ!)
不活性ガス雰囲気で蓋をかしめる特注装置

なんというブラック職場.それでも文句も言わず黙々と働くロボ,実に良いですね!

この実験で著者らは,光による水の分解触媒としてP10(ポリマーの一種),正孔捕捉剤として事前の実験で良さそうだったシステインを用いた.触媒特性に影響を与える(可能性がある)ものとしては,過去の光分解の報告例で効果があったとされるものを中心に,(1)色素(これが強く光を吸収し,触媒にエネルギーを渡すことで効率が上がる.今回の実験では3種の色素分子を検討),(2)pH(NaOHを加える量によりpHをコントロール),(3)イオン強度(NaClを加えることでイオン強度をコントロール),(4)界面活性剤(触媒と溶液の接触が良くなり効率が良くなる可能性.イオン性と非イオン性の2種を検討),(5)水素結合しやすい分子(正孔捕捉剤や色素を触媒ポリマーに結び付ける可能性.Na2Si2O5を使用),という5つのパラメータを振っている.
これらのパラメータは全体の液量が5mlに制限されている点,および加える際の刻み幅(ポンプや粉体ディスペンサーの最小幅)を考えると,組み合わせとしては約1憶パターンがあり得るため,全体を探索するのは不可能である.そこで前述の通り,ベイズ探索を組み合わせることでできるだけ少ない試行回数で最適(に近い)条件を探させた.サロゲートモデルの構築とかの話も出ているが,さすがにそこまでは追えず.

では,どんな流れでロボ(と,裏で配合を考えているAI)がより良い比率にたどり着いたのかを追ってみよう.
まずスタートはランダムな配合比率からスタートである.つまり,光触媒の量や正孔補足剤の量自体もランダムだ(当然,活性は非常に低い).最初の22実験(1実験で,多分16サンプルぐらい作って測っている)で,AIはようやく「P10(光触媒)とシステイン(正孔捕捉剤)が一番のキーファクターらしい」と気づく.続いてAIはNaClを加えてイオン強度を上げるとやや活性が上がることを見出す.さらに100実験め(実時間で2日ごろ)までには,3種の色素や2種の界面活性剤がいずれも効果が無いことを発見.以降はこれらをほとんど加えない組み合わせ中心に探索が進む.これと並行し,30実験めあたりでAIはNa2Si2O5の使用が活性を上げることを見出す.一方でNaClはそこまで大きな効果を表さないことに気づく.こうして最後の688実験が終了した8日後には,P10とシステインにNa2Si2O5とNaOHを加えることで,単にP10とシステインだけの場合に比べ6倍も水素を発生できる組み合わせに行きついた(そしてこの触媒に対しては,色素と界面活性剤とNaClは要らないことも判明した).
なお著者らの見積もりによれば,同じぐらいの実験を人間が全部手動でやろうとすると数百日ぐらいはかかる,とのことである.
(実際には人間もある程度自動化した装置を使うので,ここまではかからないとは思うが)

というわけで,ロボ(と適切な探索アルゴリズム)を組み合わせると,今以上にいろいろなもので大量探索が行えるよ,という論文であった.充電以外は休まず黙々と働いてくれて実にうらやましい限りである.

14206778 journal
日記

phasonの日記: 壊れにくい超撥水表面の作成法 3

日記 by phason

"Design of robust superhydrophobic surfaces"
D. Wang et al., Nature, 582, 55-59 (2020).

非常に水をよくはじく超撥水の表面は,ほんの少しの傾きがあれば濡れても水分が全て玉状となって流れ落ちるため,例えば汚れにくい表面や曇らない鏡,ドロッとした食品系のペーストがくっつかない蓋などとして実用化がされている.こういった(水系の)液体がくっつかない表面加工はこのほかにも,粘性の高い水溶液や懸濁液を低抵抗で流せるパイプ用の内面加工など,まだまだ数多くの応用が提案されている材料である.
このような超撥水の表面を作るには,どうすればよいだろうか?撥水性/親水性は,基本的には表面と水分子との相互作用によって決まる.もし表面が水分子とほとんど相互作用しない物質だった場合,水分子はそれらの表面にくっつくよりも,他の水分子に囲まれて自由に水素結合を作っていた方がエネルギー(正しく言えば,エネルギー,またはエンタルピーから,エントロピーと温度の積を引いた自由エネルギー)が低くなる.逆に言うと,水は撥水性の物質と接している接触面積に比例しただけエネルギーが上がる(界面エネルギー).
このため水はできるだけそれらの物質と接触しないように変形し,接触面積が小さくなるようになる.つまり撥水表面での水玉のような構造となる.通常取り扱える物質の中で,水との相互作用が非常に小さいのはフッ素樹脂である.これは通常のポリマー同様の炭素鎖の表面を,数多くのフッ素原子で修飾したものであるが,フッ素原子はその小ささと大きな核電荷ゆえに原子表面の電荷が動きにくく,分極率が極めて小さい.このため他の原子との相互作用が非常に弱い(テフロンが低摩擦な理由の一つでもある).
しかしながら,フッ素樹脂で表面をコートしただけでは,高い撥水性は持つものの「超撥水」(接触角が150度以上)までは行きつかない.超撥水を実現するには,物体の表面にナノレベルの凹凸を作る必要がある.物体の表面に非常に細かい凹凸があると,水と接した際の接触面積が増える(何せ表面に猛烈に細かい凹凸があるので,見た目以上に実際に接している面積が大きい).このため撥水性の物質の表面にナノレベルの凹凸を作ると,さらに格段に撥水性が上がり,超撥水の表面を作り出すことができる.

さて,この「超撥水には不可欠な,ナノレベルの凹凸」が問題である.物体の表面というのは,しばしば他の何かにぶつかったりこすれたりする部分にあたる.そこにナノレベルといういかにも壊れやすいサイズの凹凸が露出しているわけだから,超撥水の表面というのは何かとこすれるだけで容易に構造が破壊され,超撥水を示さなくなってしまうのだ.
もちろんこれまでにも様々な改善法は提案されており,例えばナノ構造を作るポリマーの化学結合をもっと強いものに置き換えるだとか,高強度の柱を立てておきそれで外部から近づいた物体を支え,本当の表面にある凹凸を守る,などが報告されている.しかしこれらは抜本的な解決になるほど強度が上がらなかったり,多少ましになっても生産性に難がある(量産しにくい,高価,等)など問題を抱えている.
今回著者らが報告しているのは,逆ピラミッド型の窪みを基板上に安価に作成し,そこにナノサイズの凹凸を作りこむことでナノ構造を保護しつつ高い量産性を確保する,というものである.

どういうものを作ったのかはこれはもう図を見たほうが早いので,Supplementary InformationのSupplementary Figure 4,5,7aと7b,10aを見ていただきたい.といってもまあ上で説明したまんまで,「ピラミッド状の型を作る → それをもとに『ピラミッド状に凹んだ表面』を作り,表面を撥水加工する」というだけの代物だ.なお,別にピラミッド型に限らなくてもよく,三角錐型やハニカム状の窪みを作っても同じようなことになる(Supplementary Figure 18).大まかなサイズとしては,ピラミッド状構造の一辺が100 μm程度となっていて,そこそこ大きいので作りやすそうである.
このようなピラミッド型の窪みをもった表面の作り方は何通りかあるが,例えばSiO2/Si基板にリソグラフィーで格子状にSiO2を残し化学的にエッチングするとピラミッド状の窪みができる.その上にポリマー原液をキャストして固め,ピラミッド状の突起のあるポリマーを作成.そいつを剥がして取り出し,今度はこのポリマーを鋳型としてセラミックの原料をキャスト,剥がしてセラミック部分を焼結すればピラミッド状の窪みがある薄膜が作れる.ポリマーを何度も再利用すれば同じ構造が何枚も作れるという寸法だ(Supplementary Figure 4と9).また別な手段として,円筒状のローラー表面にピラミッド状の突起を作りこんでおけば,こいつを基盤に押し付けながらゴロゴロ転がしていくだけでも同様なピラミッド状の窪みのある表面も作れる(Supplementary Figure 10).しかも転がして作るだけなので大面積化も余裕だし,緩やかな曲面にも転写できる.同様に,ピラミッド状の突起をもつSiやリン化ニッケルなどの硬い基板をハンコのように使い,金属表面やガラスにスタンプするだけでピラミッド状の窪みが量産可能である(Supplementary Figure 11,12).
ピラミッド状の窪みが出来たら,続いてナノ構造の作り込みだ.こちらも単純な手法で,基板表面に対しろうそくの煤を堆積させることでナノサイズの炭素粒子が積み重なる.それをテンプレートとしてシリカを堆積させ炭素を焼きだすとナノ構造のシリカで覆われた表面(ただしシリカなので親水性)となり,さらにその表面にフッ素修飾した炭素鎖を結合すると超撥水の表面の完成となる(Supplementary Figure 14).
このようにして作成した表面は,まずそのままの状態で接触角150度以上の超撥水性を示した.

続いて最も大事な耐久試験である.こちらも動画を見ていただくのが手っ取り早いだろう.
まず通常の(一般的な)超撥水表面を剃刀の刃でゴリゴリとこすると,表面構造が破壊されあっという間に超撥水性はなくなってしまう(41586_2020_2331_MOESM2_ESM.mov).
ところがこれに対し,今回著者らが作成した表面は,剃刀の刃で縦横にゴリゴリと削り,さらにドライバーでこすり,金だわしでこすり,サンドペーパーで削り,柔軟なプラスチックのへらでこすっても撥水性が維持されている.これは平面状のSi基板でも,曲面上のセラミック基板でも同様である(41586_2020_2331_MOESM3_ESM.mov).
※そこまでやらんでも,という気もするが,まあ,説得力はある.

ゴリゴリやる前と後とで,接触角的には数度程度しか劣化が見られない.これは,ゴリゴリとこすっても,少しずつ削れているのは鎧として保護に役立つ「壁面」部分であり,液体との接触の大部分を担う「窪み」の部分にはほとんどダメージが行かないことに由来する.
こする前後での落下した水滴の跳ね具合などを見ても(41586_2020_2331_MOESM5_ESM.mov),ダメージが少なそうなことは見て取れる.
さらに長時間のスクラッチにも耐えるかの試験として,プラスチック片をゴリゴリとこすり続けてみたところ,1000回ほどこすってもまだ接触角は150度程度を維持していた.
さらに,強烈な水流(10気圧ぐらいの圧力で,128 mlの水を0.8秒で放出.およそ32.6 m/sの速度らしい)を表面にぶち当てる,という実験でも(41586_2020_2331_MOESM7_ESM.mov),既存のコーティング法で作った表面は撥水性が落ちているのに対し,今回の手法で作成した表面は十分な撥水性を維持している.
前述の通り,この手法はガラスの表面にも適用できる.ガラス板にこの手法を適用し,うっすらと曇ったぐらいの透明度のガラスを作り,剃刀やプラスチック片でこすっても十分な撥水性が維持される様子が動画として公開されている(41586_2020_2331_MOESM8_ESM.mov).

超撥水表面は結構弱いのが常識だったのだが,思った以上に強いものが作れるものである.

14194917 journal
日記

phasonの日記: 過剰な降雨が誘発したハワイ島の火山活動

日記 by phason

"Extreme rainfall triggered the 2018 rift eruption at Kīlauea Volcano"
J. I. Farquharson and F. Amelung, Nature, 580, 491-495 (2020).

ハワイ島のキラウェア火山が2018年5月に非常に大きな活動を見せたことは記憶に新しい.この時の噴火はここ200年でも有数の規模の活動であり,例えば住宅地でも亀裂が生じ溶岩が噴き出すなど,最近の火山活動とはやや異なる挙動がいくつか見受けられた.特に火山学者らが注目したのは,噴火前に山体膨張が見られなかった点である.通常,大規模な火山活動は,深部からマグマが上昇し火山のマグマだまりに供給されることによって生じる.ところが2018年の大規模噴火では,非常に大きな噴火でありながら事前の山体膨張はほとんど確認されていない.これは噴火の原因が,地下深くからマグマが供給されたわけではないことを示唆している.
では,この噴火の原因は何だったのだろうか?今回著者らは,同時に起きていた異常降雨がその原因ではないかと指摘している.
もともと,浅部で起こる火山関連の活動と降雨の間に関係があることはよく知られており,いろいろと研究はある.例えば火口の溶岩ドームが降雨で崩壊することもあるし,浅部地下水がマグマにより加熱され高圧の水蒸気を生じ,それが水蒸気爆発を生じるなどもよくある話である.しかしながら2018年のハワイの噴火では,マグマはもっと深い位置に存在しており,このような深いマグマと降雨との関係は明らかになっていない.

著者らが立てた作業仮説は以下のようなものである.大規模な降雨が陸地にしみこむと,地下深部での圧力が増加する.するとその圧力を受けたマグマだまりの圧も増すため,地殻の弱い部分が突き破られる可能性が増大する,というものである.要するに,カレーパンなりあんパンなりの上から重りをのせれば弱い部分が割れて中身が漏れだす,というようなものだ.
何故著者らがこういった仮説を立てたのかといえば,

・前述の通り,マグマの移動などは事前に確認されていない.それ以外の何らかの原因でどこかが「破れた」と考えられる.
・この年は非常に降雨が多く,2018年の1-3月期の降水量は2.25 mと,例年の2.5倍にも達する.これは統計的に2σを超えるような大きなズレである.
※ハワイ島の北西にあるカウアイ島では,24時間雨量が1.26 mにも達したらしい.

という2点にある.異常な事態が2つ同時に起きていたので,何か関連があるのではないか,というのがとっかかりというわけだ.
そこで著者らは,降雨によりどの程度地下の圧力が増大するのかを,大雑把なモデルで計算した.メインのモデルは,上部(浅部)に水の透過率の高い地表が500 mあり,その下10 kmまでは透過性の低い地層が広がる,というもので,水平方向には均一(つまり,1次元方向のみ考えればよい)というモデルになる.一応他にも3つぐらいのモデルで計算しているようだが,そちらまでは読んでいないので割愛.
そんな単純化したモデルで著者らが計算してみたところ,ハワイ島における異常な降雨の結果,地下でも最大で数十 kPaていどの圧力の増加が生じても良い,という結果を得た.地表近くの急激に圧力が変化する部分を除いても,例えば地下1 kmで1 kPa程度,地下3 kmで0.1 kPa程度の圧力増加はあっても良い,ということになる.この地下3 kmというのは,横方向でのマグマの移動が最も起こっている領域,だそうだが詳しいことは不明.多分,ハワイ島での噴火によく関係する深さ,という感じなのだろう.
0.1 kPaというと,大気圧の変動と比べるとかなり小さいような気もするが,地下数 kmともなると,地上での気圧変化は途中の地殻中での摩擦などで相殺されてしまい,なかなかここまでの圧力はかからない……のだろうか?この辺りは分野外で感覚が無いのでよくわからないが……
過去の研究からは,大雑把にいって10 kPa程度マグマの圧力が変化すると,マグマがどこかを破って噴出する可能性が非常に高いらしい.それと比べると0.1~1 kPaというのは小さいが,もともとハワイ島は非常に噴火しやすい場所であり,あちこちがギリギリ噴火しない程度で保たれていることを考えると,この程度の地下圧力の増大が噴火に繋がるのもおかしくはない,そうだ.
なお著者らは過去の噴火のデータと気象データの相関も調べており,1975年以降の大きな噴火33のうち,20は(降水量から推定した)地下圧力が顕著に増大していた(と考えられる)時期と重なっており,ハワイ島における噴火には降雨がこれまで考えられていた以上に影響しているのではないか,と述べている.

そんなわけで「もしかしたら雨と噴火に関係あるかも?」という論文だった.
ちょっと微妙なところなんで,個人的には「そういう可能性もあるだろうけど,もうちょっと追加の研究待ちかなあ……」という感じ.
Extended Dataとしていくつかの統計的なグラフが載っているが,降雨の多い時期と噴火時期に何の相関もなく単なる偶然だとすると,そういった偶然が起こる可能性は2σぐらいに位置するらしい.まあ,相関はありそうな気がしなくもないが,偶然でもギリギリ文句言えないかなあというところ.

14192136 journal
日記

phasonの日記: マルハナバチは葉を噛むことで開花を促進する 1

日記 by phason

"Bumble bees damage plant leaves and accelerate flower production when pollen is scarce"
F. G. Pashalidou, H. Lambert, T. Peybernes, M. C. Mescher, C. M. D Moraes, Science, 368, 881-884 (2020).

自然界では,さまざまな蜂が受粉を媒介し,生態系の維持に大きな役割を果たしている.植物は受粉を助けてもらう代わりに蜂に食物を提供し,蜂はその食物を利用し増殖する.そんなわけなので,蜂が一番食物を必要とする繁殖期,これは分蜂やら新たな群れを作ったりやらがある春になるのだが,と多くの植物の開花時期とが一致している方が何かと都合が良い.
さて,大まかには時期が一致している繁殖期と開花時期なのだが,当然ながら両方とも気候の影響などを受けるため,年によってはズレが生じる可能性がある.特に近年の気候変動なども考えると,このズレが非常に大きくなることもあるだろう.そうなると,蜂は餌が足りなくなり十分増えることができず,まわりまわって植物の受粉もうまくいかなくなる可能性があるわけだ.
こういった共生関係にある場合,両者のタイミングを一致させるためのメカニズムが別に存在する可能性がある.果たして,蜂と花の場合はどうだろうか?

今回の論文の研究は,著者らが春にマルハナバチを観察していて,「働きバチが葉の内側(エッジではない部分)に切れ込みを入れている」という行動を見つけたところからスタートした.観察の結果,蜂は葉を切り取って持っていくわけでも食べるわけでもなく,単にV字の切れ込みを作っているだけだと判明した.
植物関係の常識として,各種のストレスが花芽の生成を促すことが知られている.要するに,環境の良い間はできるだけ大きく成長しておいて,気温が下がったり害虫が出てきたりしたら早めに種を作って生き延びる,という進化なわけだ.とすると,蜂は食物が必要となる春先に,植物の開花を促すために葉に傷をつけている可能性がある.真実は実験で確かめるしかない.

著者らはまずコントロールされた条件下で実験を行った.蜂としてはそもそもの切れ込みを入れる行動が観察された,地元チューリッヒでもよく見るセイヨウオオマルハナバチを用い,これを外界から区切った領域で,決められた植物のみが存在する状況に置く.置いた植物はトマトとクロガラシ(アブラナ科の草)である.まずはこれらの植物で「マルハナバチと共存させ,葉に切れ込みが入ったもの」,「人が人為的に似たような切れ込みを入れたもの」,「切れ込みの無いもの」の3つの群を作り,同じ条件下で開花までの日数を測定した.用いた株数はトマトが各群20株(花の数は総計4800),クロガラシが各群10株(花の数は1200)である.
Supplementary MaterialsのFig. S1を見ていただくとわかりやすいが,何も傷つけていない株の開花割合(緑)に対し,人為的に傷つけたもの(青)ではやや早く開花し(トマトは平均5日,クロガラシは平均8日,傷つけないものより早い),蜂が切れ込みを入れた株(黄色)はさらに早く開花している(トマトは平均30日,クロガラシは平均16日,傷つけないものより早い).クロガラシの方はちょっとばらつきが大きいので微妙なところもあるが,トマトの方は歴然たる差が表れている.要するに,蜂が噛むと花が早く咲く,というわけだ.

餌とのかかわりを考えると,食物が少ない時ほど蜂が葉を噛んで早く花を咲かせようとするのが自然である.そこで著者らは今度はマルハナバチを2群に分け,片方には十分な花粉を餌として与え,もう一方には花粉が不足する状況に保つ.そしてそれぞれの群が,近場に置いたクロガラシの葉に対しどの程度葉を傷つけるのかを観察した.この時,群れの個体差があるといけないので,最初の1週間はAのグループに多く花粉を与え,後半の1週間は逆にAの方が少なく与えられた.
結果は歴然としたものだった.前半1週間では,花粉を十分与えられているA群は葉をほとんど傷つけなかったのに対し,B群の近くにおいたクロガラシの40%ほどが葉に損傷を受けていたのだ.後半の1週間ではこの傾向がきれいに逆転し,花粉を十分与えられたB群の近くのクロガラシは10%前後しか傷つけられなかったのに対し,花粉が減ったA群の近くのクロガラシは40%ほどが損傷していた.
つまり,花粉が十分手に入る=周りに十分な花が咲いている状況ではマルハナバチは単に花粉を集めるが,エサが少ない時期には葉を傷つけ,少しでも早く花粉が手に入るようにしていたわけだ.

しかしこれらの結果は,あくまでも制御された環境下での話である.そこで2018年には著者らは,屋外での実験を行った.
屋上庭園にマルハナバチの巣を設置し,すぐ近くに(花の咲いていない)植物を置いておく.そして周辺地域での花の咲きぐあいの変化に対し,巣の近くに設置した植物の葉がどの程度切られるか,を観察した.
すると予想通り,周辺に花が咲き始めるまでは多くの葉が切られたのに対し,周辺で花が咲き始めると葉への傷害行動は急速に減少していった.さらに,途中で巣の近くに花が咲いた植物の鉢(かなにか)を追加すると,それ以降の葉への傷害行動は一気に減少している.実験室系での結果から予想される通り,自然界でも,エサが少なければ葉を傷つけ,エサが豊富ならそういうことはしない,というマルハナバチの生態が確認できた.
なお著者らは,この観察の間に自然界の別種の蜂たち(といってもマルハナバチの仲間だが)も観察場所に現れ,葉に似たような傷をつけていることを報告している.つまり,葉を傷つけて開花を促進するのは養殖されているセイヨウオオマルハナバチだけではなく,自然界の類似の種も行っている,ということが言える.
なお著者らはさらに翌年の2019年にも実験を行い,今度は数百メートル離れた2か所に巣を設置し,片方は巣の近くに花を配置,もう一方はそのまま,として比較したり,設置した花を途中で根こそぎ刈ったりして,マルハナバチの行動を確認しているが,結果はまあ予想通りのものだったので詳細は省略する.

ということで,蜂は意外にも自分の方から能動的に働きかけ,開花時期に影響を与えているらしいよ,という研究であった.

14152033 journal
日記

phasonの日記: 豊かな温帯雨林に覆われていたかつての南極大陸 1

日記 by phason

"Temperate rainforests near the South Pole during peak Cretaceous warmth"
J. P. Klages et al., Nature, 580, 81-86 (2020).
※いくつか間違っているサイトがあるようですが,「温帯雨林」であって熱帯雨林ではありません.

「過去に何があったのか?」に思いをはせるのは人類の知的好奇心の代表的な表れである.これまでにも過去を知るための数多くの努力が費やされ,数々の奇想天外な生物の存在や,全球凍結などのかつては予想もされていなかったような気候の劇的な変動の様子などが次々明らかとなっている.特に過去の気象を知ることは,その時代の生物がどのようにして繁栄したのかを知るための重要な知見になるとともに,我々の世界の気候の行方を推測するための基礎データとしても重要となってきている.

さてそんな地球の気候であるが,研究が進むごとに我々が以前考えていたよりもはるかにダイナミックに変化していることがわかってきている.今回の論文が注目しているのは後期白亜紀の極地における気候なのだが,この時期は火山活動が大幅に活発化し,海洋底が大きく拡大していたこと,火山活動の増大に伴い二酸化炭素濃度が大きく上昇し現在の3倍(1200 ppm)を超えるような状況になっていたこと,それに伴い世界的に非常に大規模な温暖化が起こっていたこと,海水面の大幅な上昇(200 m前後)が起こっていたことが知られており,世界の気候は現在とは大きく異なっていたと推測されている.
当時,世界全体の気温が上がっていたのは確かなのだが,では,極地ではどれほどの温度に達していたのだろうか?極地の氷は溶けていたのかいないのかは,当時の気候をモデル化するうえでも非常に重要なポイントとなる.過去の研究では,8900~8400万年前において(当時の)南極点から2500 kmほどの場所(これは南緯67.5度あたりになる)で,年平均気温が15~21 ℃程度であったという見積もりがなされている.今回の論文は,もっと南極点の近くまで温暖な気候であった,という結果を報告している.

著者らの研究は,西南極のパインアイランド付近での海底掘削によるサンプルの分析に基づいている.この辺りはかつてジーランディア(かつて存在した小さな大陸.現在は大部分が海面下に沈み,ニュージーランドなど一部のみが海上に表れている)が南極大陸とつながっていたあたりになり,当時の南極点からわずか900 km付近,南緯82度のあたりに相当する.
掘削の結果得られたサンプルは,海底下17~24 mあたりまでは砂利を含んだ珪岩であり化石を含んでおらず,あまりデータは得られなかった.ところがそれより深い位置には,薄い硬くなった褐炭の層を挟んで,3 m以上深くまで伸びた植物の根の痕跡が発見された(サンプルのCTによる構造は動画で公開されている).この部分をさらに詳細に分析すると,多数の花粉や胞子が発見され,周囲に多くの植物が存在したことが確認できる.発見された花粉・胞子から存在していた植物を解明し,当時南極大陸に接していたジーランディアに存在していた植物(これは,現在のニュージーランドの地層から発見される植物である)と比較することで,この地層はおよそ8300~9200万年前のものであると結論づけられた.
さらに詳細な分析を行うため,この部分の土壌から有機物を抽出し,そこに含まれる炭素-窒素比,炭化水素の鎖長,異質細胞特異的糖脂質(heterocyst specific glycolipid,シアノバクテリアの作る糖脂質)に含まれるtriolとketo-diolの量の比を分析した.炭素-窒素比や炭化水素の鎖長ははその生物が水棲の場合低い値に,陸生の場合は高い値になることが知られており,また異質細胞特異的糖脂質のtriolとketo-diolの比はシアノバクテリアが生息していた環境の温度等に影響を受ける.つまり,これらを分析することで当時の環境が推測できるわけだ.その結果,この場所はかつて淡水の沼地(とか湿地とか)であったこと,しかも比較的大きなサイズ(いわゆる樹木などのサイズ)の植物も数多く存在したことが判明した.これと無数の花粉や胞子,よく伸びた根のネットワークの存在などと組み合わせると,森のように無数の植物が繁茂する沼/湿地のような場所=温帯雨林であったと言える.ただ,南極には非常に長い夜(いわゆる極夜)があり,1~2か月の間日が差さない.ここを植物がどう乗り切っていたのかはこれからの研究が必要だろう(現在の冬のような状態で休眠か?).
土壌に含まれる鉱物はカオリナイトが70%程度,粘土鉱物のスメクタイトが30%弱であった.これらは化学的な風化作用が強かったことを示しており,現在で言えば熱帯雨林などが対応するが,これは著者らの気温に対する推計には合致しない(推定される気温は次に書くようにもっと低い).そのため,この周囲が沼地などであり,そこで発生する有機酸により風化が促進されていたのだろうと推測される.
今回の結果から推測される年平均気温はおよそ13 ℃であり,年間降水量は1120 mm程度.最も気温が高い真夏の平均気温はおよそ18.5 ℃と推定された.この平均温度は,以前の別の研究でなされた「極点から2500 kmのところで年平均15~21 ℃」と大きな差はなく,南極点に向けての気温の変化はかなり小さい(広い範囲で温度が近い)ことを意味している.

気象モデル(COSMOS)を用いこの夏場の気温を再現するには,1120~1680 ppmの間ぐらいの二酸化炭素濃度が必要と計算される.これは過去の推計と矛盾しない.しかしながら,いずれの場合でも年平均気温は今回求められた13 ℃には遠く及ばず,例えば1120 ppmでは-5 ℃程度,1680 ppmでは0 ℃程度と,かなりの開きがある.これに関しては,今回の計算では植生を固定しての計算であったためで,実際には南極大陸のほとんどが緑地に覆われていてアルベドが低い(氷だと反射する光を吸収するので,もっと温度が上がる)ことなどが効いていると考えられる.逆に言うと,今回のサンプルの分析から推定される温度を満たすには,南極大陸の大部分の氷が消えており,十分植物が繁茂していることが要請される.

そんなわけで,後期白亜紀の少なくとも一時期(チューロニアンからサントニアンのあたり)では南極大陸が温帯雨林の豊かな植生に覆われていたらしい,という研究結果であった.いやー,研究する人の執念というか,いろいろな環境分析手段が開発されてるもんですねぇ.土壌中の有機物を抽出してHPLCで分離,マスで見るとか,これだけ古いものでもできるってのは驚きです.

14086970 journal
日記

KUSANAGI Mikanの日記: KyaTanakaさんのこと

日記 by KUSANAGI Mikan

自分自身久しぶりの投稿となります。

私を知っている方なら合わせてKyaTanakaさんもご存じの方が多いかと思います。

自分もmixi繋がりの人から今日知ったのですが、2年近く前に亡くなっていたそうです

mixiのアカウントがある方は下のアドレスの伝言板に書き込みがあるので参照願います。

http://mixi.jp/list_wall.pl?id=10458

PS 4/4の御殿場高原が取れたので、久しぶりのアナゲ部合宿OFFを後日アナウンスします

14068959 journal
日記

phasonの日記: カシミール効果により真空ギャップを超えるフォノンによる熱伝導

日記 by phason

"Phonon heat transfer across a vacuum through quantum fluctuations"
K. Y. Fong et al., Nature, 576, 243-247 (2019).

固体中での熱伝導は,そのほとんどが格子振動=フォノン(と,伝導体の場合は伝導電子)によって伝達される.当然のことであるが,物体の間に真空のギャップが存在すれば両者は物理的に切り離されており,フォノンによる熱伝導は起こらない.しかしもし両者の間に何らかの引力などの相互作用が働けば,ギャップの一方の側の物体表面での振動が相互作用を介してギャップの反対側の物体に伝わるため,真空ギャップを介してのフォノンによる熱伝導を実現することができる.
さてここで,二枚の平行な金属板を考えよう.この金属板が存在しない場合,空間中にはありとあらゆる波長の光が量子揺らぎ(ゼロ点振動)の分だけ励起されている.ところが金属板が存在すると,二枚の金属板の間に励起できる光(定在波)は,金属板の間隔の整数分の一の波長をもつものに限られてしまう.金属板の外側では空間が十分に広いためありとあらゆる波長の光(のゼロ点振動)が励起されるのに,二枚の金属板の間の空間では励起される光が大幅に減少し,その結果として非常に近接した二枚の金属板間には引力が働く.いわゆるカシミール効果というやつだ.
このカシミール効果を考慮に入れると,二枚の近接した金属板間には真空中であっても相互作用が働くため,フォノンによる真空ギャップを超えた熱伝導が可能になるはずだと予想される.しかしながらそのような効果は測定が非常に難しく,これまで実験的には検証することができなかった.カシミール効果は金属板の間隔が狭くなるほど強くなるのだが,同時に金属原子間のファンデルワールス力や微妙な電位差による静電引力なども大幅に増えてしまい,それらを通じた熱伝導ととカシミール力を通しての熱伝導が分離しにくくなってしまうためだ.
今回著者らはさまざまな工夫によりその困難を乗り越え,カシミール力による金属板間のカップリングを通したフォノンによる熱伝導を測定し報告している.

著者らが用いた金属板は,ナノ加工ではお馴染みの窒化ケイ素(Si3N4)の表面に金を蒸着したものである.Si基板の表面にごく薄い窒化ケイ素を成長させ,その後基板をエッチングすることで窒化ケイ素の薄膜(が,分厚いSiの一部に窓のように融合した構造)が作れる.その両面に金を蒸着することで薄い導電性の板を作成している.
前述の「他の力との分離が難しい」という部分に関しては,金属板の間隔を500 nm前後とかなり広くとることによりファンデルワールス力などの寄与を無視できるまでに低減,さらに二枚の板に電位差を自由につけられるようにすることで自然発生してしまう電位差による引力を相殺する(どの位置で相殺できるか,電位差をスキャンすることで判別可能).金属板の間隔がかなり開いたことによるカシミール力の弱体化は,非常に精密な熱測定を行うことで強引にクリアしている.どうするかというと,金属板(薄膜)の温度の測定を,そこに励起されている熱振動の強さとして検出し,薄膜の振動は薄膜裏面(二枚の金属板が向かい合っている側を表とすると,外側)の蒸着された金をミラーとして用い,近傍にハーフミラーを設置.その間を共鳴空洞とすることで光の干渉測定を行うという手法になる.なお,測定のためのレーザーは非常に低エネルギーに制限しており,これによる加熱は無視できる程度に小さくなるように設計されている.

          薄膜  薄膜
       |   |  |   |
レーザー → |・・・|  |・・・| ← レーザー
       |干渉波|  |   |
     ハーフミラー     ハーフミラー

左右の薄膜は,製造上のばらつきによりどうしても振動数がわずかにずれてしまう.異なる振動数では,カシミール力を介した両者の振動がうまくカップルしないので,ヒーターとクーラーによる温度差をつける.温度が変わるとSi基板と窒化ケイ素の膨張率の違いにより,薄膜にかかっている張力が変化する.これにより温度を変えることにより薄膜の振動数を変えることができるので,一方の薄膜(の張り付いたSi基板)を冷却系により冷やし,もう一方の薄膜(の張り付いたSi基板)をヒーターにより加熱し,両薄膜の振動数が一致するように設定する(各薄膜の振動数の温度依存性は,レーザーを用いた干渉測定により測定できる).この温度差は,二枚の薄膜間での熱伝導の駆動力としても同時に働くこととなる.
なお,精密な測定のため,両薄膜は非常に平行度が高くなるように調整されており,その誤差は10-4 rad以下だそうだ.

では測定結果に移ろう.
装置内を真空にし,二枚の薄膜の間隔を800 nmにすると,両薄膜間での熱伝導はほぼ起こらなくなる.このため薄膜(に励起されている振動の温度)は高温側が312.5 K,低温側が287.0 Kと,Si基板の温度と一致する.この薄膜間隔を狭めていくと,650 nmを切ったあたりから徐々に2枚の薄膜の温度が近づいていき,およそ400 nmあたりでほぼ同一の温度を示すようになった.これは,高温側の薄膜から低温側の薄膜に熱が伝わり,両者の温度が均一になったことを意味している.

もちろん輻射による熱伝導や,物体表面に励起されるエバネッセント波を介しての熱伝導,はたまた金属表面のプラズモンやポラリトンといった電子の励起による相互作用も熱伝導を担う可能性がある.それらの可能性を排除するため,二枚の薄膜が共鳴状態とならないような温度差にして同様の測定を行った.先ほど述べたように.もともと二枚の薄膜の振動数は異なっており,特定の温度差を選ぶことでちょうど振動数が一致するようにしていたわけなので,その温度差を変えて振動の共鳴が起こらないようにしてやったわけだ.
すると今度は先ほど見られたような大きな熱輸送は現れず,薄膜間隔を400 nmぐらいに接近させても温度差はかなり大きく維持されたままであった.このことから,薄膜間での熱伝導の起源がフォノンの共鳴を介したものであることがはっきりとし,真空ギャップを超えてフォノンが熱伝導を担えるということを実証している.
なお測定結果に関しては,カシミール力を取り入れた計算から求まる熱伝導度の薄膜間距離依存性が実験地と非常に良い一致を見せており,理論面からも裏付けが得られることとなっている.

近年ナノ領域での放熱,熱伝導などはかなり熱い分野なのだが,まさかカシミール力が熱伝導にかかわってくるとは思わなかった.大変興味深い.

14051065 journal
日記

phasonの日記: 電圧駆動のナノサイズ機械素子を利用した光の高効率スイッチング素子

日記 by phason

"Nano–opto-electro-mechanical switches operated at CMOS-level voltages"
C. Haffner et al., Science, 366, 860-864 (2019).

現在のCPU等の発熱が大きい理由の一つが,駆動が電流によりなされる一方で電気抵抗によりそのエネルギーが熱に代わってしまう点にある.電流による損失の問題を解決する手段の一つとして電流以外を用いたプロセッサが提案されており,例えば電流の代わりに電子のスピンの流れ(スピン流)を用いるものなどの研究が進んでいる.
そういった研究の一つに「光による演算」というものもあるのだが,演算の全過程を光のみで制御するのは現時点では現実的ではなく,現在一般的に用いられている電気的な素子により光学的な素子を駆動し,両者を組み合わせたハイブリッドな回路が現実的な解として挙げられる.さらに,オンチップで電気-光学素子が組み込めれば,素子間を光通信で繋いだり,現在の光通信関係の装置をより小型化・効率化できるなど利点も多いことから,半導体メーカー各社を含め「電力駆動の光学素子」に関する研究例は多い.

電気的に光の経路をスイッチングするにはいくつかの手段が考えられる.例えばデジタルミラーデバイス(DLP型のプロジェクタに入っているあれ)のように機械的に鏡を動かすものなどもあるが,より素子に組み込みやすいものとしては「電流や電圧により局所的に屈折率を変化させ,共鳴条件を変える」というものが挙げられる.二つの導波路を極近傍に配置すると(例えば,x方向に伸びる導波路の上にy方向に伸びる導波路を載せる,など),両者の間にうまく共鳴条件が成り立つ(=波がちょうど透過するような条件になる)場合にはほぼ完全に光がもう一つの導波路に移り,屈折率がどこかで微妙に変化して共鳴条件から外れると途端に光はもとの道を直進するのみになる.これを利用すると,ある部分(2つの導波路の間であったり,一方の導波路の一部分であったり)の屈折率変化をon/offするだけで光の進行方向を切り替えられるようになる.
ここで問題になるのは「どうやって屈折率を切り替えるか?」である.一つの方法としては近傍に設置したヒーターの加熱により温度変化を起こす,というものなのだが,想像通りこれは効率が悪く,しかも冷えるための時間が必要となるため繰り返し周波数も低くなる.電圧引火により屈折率が大きく変化するような特殊な材料を使った素子も報告されているのだが,そういう材料は既存のCMOS作成プロセスに組み込むことが難しいなど問題も多い.
今回著者らが論文で報告しているのは,CMOSプロセスフレンドリーなありきたりな材料を使って,導波路部分の屈折率を大きく変化させることに成功し,光の高効率スイッチングを実現した,というものになる.

著者らが何を使ったのかというと,電圧印可による機械的な変形である.まず,直行した方向に伸びる二つの導波路(Si上に作られた棒状の出っ張り)を作成する.そしてその交点近傍に,円盤型の機械的動作を行うスイッチング素子を作成する.

↓入射光



■〇←スイッチ
■□□□□□□□□□□□□→切り替え時の出口




↓透過光

スイッチング素子は,横から見ると3枚の円盤を積み重ねたような構造をしている.

■■■■■■■■■■■■■■■■■ ←金薄膜(厚さ約40 nm)
    □□□□□□□□
    □□□□□□□□ ←アルミナのスペーサー(厚さ約40 nm)
    □□□□□□□□
■■■■■■■■■■■■■■■■■ ←Si基板

Si基板と上の金薄膜との間に電圧を印可しなければ,この構造のままであり屈折率には何の影響も及ぼさない.一方,Si基板と金薄膜との間に1 V程度の電圧を印可すると,両者の間に電気的な引力が働くため,金の薄膜が下向きにたわむ.

  ■■■■■■■■■■■■
 ■  □□□□□□□□  ■
■   □□□□□□□□   ■
    □□□□□□□□
■■■■■■■■■■■■■■■■■

金は非常に強い表面プラズモンで知られる金属であり,金表面に近い部分(素子の隙間の空間および薄膜の下に位置するSi基板)はその影響を非常に強く受ける.また同時に,Si基板と金との隙間部分のサイズも変わる.この二つの効果により,このスイッチング素子部分の実効的な屈折率(のようなもの)は電圧のOn/Offで非常に大きく変化することとなる.
最初の図に示した光の経路を考えると,光が右に経路を変えるためには導波路→スイッチ部分→右向きの導波路,という経路が共鳴条件を満たす必要がある.例えば「スイッチがOffの条件(金薄膜が曲がっていない状態)でちょうど共鳴する」ように素子を作っておけば,電圧を何も印可しなければ光は全て右から出力され,一方電圧を印可すると経路途中のスイッチ部分の屈折率が変化=全体で共鳴条件を満たせなくなり,光はそのまま下方へと直進するようになる.
とまあ,著者らはこのような仕組みで光のスイッチングを成し遂げたわけだ.なお,この素子はSi,アルミナ,金だけで作成されており,現在のCMOSプロセスとの相性は非常に良い.また,スイッチングは電圧の印可だけであり電流をほとんど伴わないので,消費電力も非常に低くできる.著者らの素子の消費電力(素子部分のみ)はおよそ6 fJ(1.4 V駆動)~130 aJ(0.2 V駆動),100 MHzでスイッチングすると消費電力はおよそ600 nW(1.4 V)~12 nW(0.2 V)となる.
※当然,高い電圧で駆動した方がより共鳴から外せるため,S/N比は高くなる.

では実際どの程度の効率でスイッチングが可能なのかということだが,1.55 μm程度の赤外レーザーを通している場合,1 V程度印可すると共鳴周波数が6 nm程度ズレることが確認された.6 nmというのは作成した導波路の透過波長幅の5倍程度あるため,共鳴からはほぼ完全に外れる,つまり通常時に共鳴により抜けていた方向には,電圧を印可するとほとんど出ていかなくなることを意味している.
透過側に抜けるようにした場合のロスはわずか0.1 dB,スイッチにより切り替えた右へ出る場合のロスは2 dB,クロストークは-15 dBと,光のロスや漏れもかなり少なく実用的な数字である.スイッチの切り替え速度は現時点でおよそ100 ns,最適化すれば10 ns程度までは原理的には行けると著者らは記している.
さらに,多数のスイッチが容易に集積可能であることを示す例として,著者らは150 μm四方程度の領域に15×15のクロスバースイッチを作成して見せている.こちらは15×15=225個のスイッチにより,15本の入射光をそれぞれ任意の15本の出口(またはそのまま直進した方向)に出力することのできる素子である.

演算素子としての光プロセッサの実現性はともかくとして,光通信や光を用いた各種物理的な実験(量子系の実験も含む)などには面白い素子かもしれない.

14019796 journal
日記

phasonの日記: デジタルマイクロミラーデバイスを用いた三次元微小構造の高スループット製造 1

日記 by phason

"Scalable submicrometer additive manufacturing"
S. K. Saha et al., Science, 366, 105-109 (2019).

光硬化樹脂に光を集光してあてると,ピンポイントに硬化させることが可能になる.さらに2光子吸収過程によってのみ硬化するようなセッティング,つまり単一の光子ではエネルギーが足りないが,2つの光子を同時に吸収するとそのエネルギーで硬化するような波長の光を用いると,通常の光励起による硬化よりもさらに細かい領域でのみ硬化が起こり(*),一段と小さな造形を行うことができる.

*1光子励起の確率はラフに言って光強度に比例するが,2光子吸収は光強度の二乗に比例するので,それだけピークがシャープになる.そのため十分に光強度の強いスポット中心部のみで反応が起こり,より微細な領域のみが硬化する.

さてこの2光子励起による硬化はサブミクロンレベル(大雑把に言って100~500 nm程度)の分解能で造形を行えるのだが,スループットに難があり,3Dプリンタ的に使ってサブマイクロメートルの微細構造を量産するという面からは難があった(いやまあ,3Dプリンタも早くはないが).
集光した光で3D構造を作るにはいくつか方法があるのだが,例えば集光点をスキャンする方式は微細な構造を自在に書けるものの速度が遅く,同じ構造を量産したり大きな構造を作成するには向いていない.専用のホログラフィーマスクを用いて3次元的な任意形状の集光面を作る手法は,あるきまった形を量産するには良いが,違う構造を作ろうとするたびに作成が面倒なマスクを作り直さなければならないという問題があり,3Dプリンタ的に毎度異なる形状を好きに作成するような用途には向いていない.
そんな「任意形状の微小3次元構造を,高スループットで作りたい」という目的を達するために今回の論文の著者らが用いたのがデジタルマイクロミラーデバイス(DMD)である.

DMDは身近なところではプロジェクター(いわゆるDLP式のプロジェクター)などに使われているデバイスで,テキサスインスツルメンツ(TI)によって開発されたMEMSの一種である.今回の実験で使われたものもTI製のLightcrafter 6500 DMDで,1920×1080枚のミラーが並べられたチップとなっており,各ミラーは中心間距離およそ7.56 μmで並んでいる.要するに波長に近いようなサイズのミラーが無数に並べられたチップで,電気的な引力により個々のミラーを個別に傾けることで光の反射方向を変えることができる.
著者らはこれを利用し,各ミラーを適切にOn/Offすることで光の干渉を発生させ,標的(=液滴中の光硬化樹脂)中に任意の干渉パターンを生成した.干渉で強め合う部分は光強度が高くなり硬化し,そうでない部分は光が弱く固まらない.その結果,任意の3D形状が作成できるというわけだ.しかもDMDを使っているので,ミラーの向きをデジタルに切り替えるだけで違う形状の3次元構造が作成できる.

ただ,実験の詳細を見ればわかるように話はそう簡単ではない.著者らは実験ではフェムト秒レーザーの短パルス(35 fsぐらい)を用いて3次元構造の作成を行っている.短パルスレーザーの波形は波長に近い程度の幅しか持たない短パルスであるが,この形状を波の重ね合わせで作るためには無数の異なる波長の波を重ね合わせねばならない.このためパルス長が短くなると自動的に光は多色化し,幅広い波長の光の足し合わせとして表現されることとなる.今回の実験で用いられているのは35 fs(空間的な長さにして10 μm程度)とある程度長いパルスではあるが,波長にして800±40 nm程度の幅を持つ.
このように波長に幅を持つ光がDMDに入射し干渉を起こすと何が起こるかというと,回折格子と同様に異なる波長ごとに微妙に違う向きに反射光(回折光)を生じる.つまり,波長ごとに異なる光路長を実現できる.この光路長のズレを経路の後段でうまいこと補償するような光学系を組むと,焦点位置でのみ各波長の光の光路長が等しく,そこからズレた位置では光路長が異なる,というようなものが実現できる.こうすると何が良いのかというと,超短パルス=時間当たりのエネルギー密度が非常に高く反応を起こしやすい状況は焦点位置のみで実現され,それ以外のズレた位置では波長が違う光ごとに少しズレた時間に到着するためエネルギー密度が低いという状況を作れるわけで,要するに焦点位置のみで光硬化反応が起き,そこからずれると急激に(時間軸方向での)エネルギー密度が下がることにより光硬化が起きなくなるわけだ.通常の集光による光硬化反応だと焦点位置から少しズレた位置でも光強度がそこそこ強くなってしまうため分解能が落ちる.それを「焦点位置からずれると,短パルスレーザーのエネルギーが(時間軸方向で)バラけて反応を起こさない」ことになり,非常に細かい造形が可能となるわけだ.

そんなわけで実際の造形である.
原理と,これまでのレーザーのスキャンによる造形(遅い)と今回の手法(早い)との比較のイメージ動画がSupplementary MaterialsのMovie 1に上がっているので,まずはそちらをご覧いただきたい.ラインで描画していく既存の手法に比べ,ワンショットの露光で広い面積に構造体を作成できることが見て取れる.ちなみに,実際の造形においてシングルショットにかかる時間は約20 msであり,一度に露光できる面積は165×165 μm,ワンショットで作成される構造体の厚みは1 μm以下程度~4 μm程度である(フォーカスにより可変).ナノワイヤーを作成した際の最小幅はおよそ130~140 nm,垂直方向で175 nmと,サブマイクロメートルの構造体をシングルショットで作成できる.フォーカス位置を変えながらの作成では,例えば2.20×2.20×0.25 mm3という目に見えるサイズ(内部はサブマイクロメートルの構造を持つ)の構造体の造形に8分20秒で成功している.
※ただし干渉を利用しているので,基本的にはメッシュ状の構造を重ねて立体を作る形になる.

実際に作成された構造の例はSupplementary MaterialsのPDF中のFig. S13~S16をご覧いただきたい.

この手法の優れている点は,既存の手法のトップレベルの微細な構造の作成を可能としたまま,作成速度を(同程度の分解能の既存手法に対し)4桁近く向上した点にある.つまり,ものすごく早く微細な構造が作成できる.逆に同等のスループットの手法と比べると,水平方向の分解能で1桁以上向上している.同等の速度の手法と比べると相当微細な構造が書けるようになるわけだ.

ナノ構造体をそこそこ大面積で量産できるので,ちょっとした実験用の光学的メタマテリアルだとか,ナノ構造による抗菌コーティングだとかには使えそうな気がする.この手の3次元造形手法は近年いろいろ面白いものが出てきて興味深い.

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