OJYOの日記: 溜息
日記 by
OJYO
ベクトルの、見えない人。
いつまでも過去に基づく認識ごっこと言葉遊びをしているのだ。
「エゴが好むのは、背景に穏やかな苦難の川が流れており、
その苦難は自分自身の選択がつくり出しているのではないかと問いかけざるを得ないほどには厳しくなることは決してない、
そういう人生」
「実際に起きていることは、ある人の閉ざされた心が私たちの心をも閉ざすように誘惑しているということです」
あなたは私に対して全く誠実ではなかった。
あなたは偽りの結婚生活を生きようとしていたのだ。
「常識」に照らして私を非難することはいくらでもできるだろう。
私は「世話をする」「(誰かのために)やってあげる」という思想を持っていないし。ただ「やりたい」から「やる」だけ。そうして自分の行動に責任を取っている。
そして、私があなたの自由を全く望んでいなかったがごとく過去を作り替えることも。
「関係の終わりは死に似ていますが、多くの場合、その悲しみは死よりも深いものがあります。誰かが死んだ場合、そこには一種の完了の思い、一種の理解がありますが、生きている二人が必ずしも学びあいに伴うさとりを得ることもなく別れる場合には、それはありません。……心にナイフを刺されているのです。その傷口から流れ出る血のようにあふれ出る涙は、ただ流すしかありません。」
私は恐れに同意しない。