OJYOの日記: 病気
日記 by
OJYO
最近流行の、ビョーキを病気だと言うのは、隠された意味がある気がしてきた。
ひとつは自分を振り返らないため。社会を問わせないため。
もうひとつは、どこかで誰かに治してもらったら解決すると思わせて、治療に金を注ぎ込むことに疑問を持たせないため。
違う。どんなことだって、自分を振り返るための契機。
それをしなかったら、また別のかたちでやってくるだけだよ。
あんまりにも弱い人には、「病気だから」って免罪してもいいのかも知れないと思うけど、でも多分そんな人はいない。
それは何かを教えてくれるためにあなたの目の前に現れたのよ。感謝すべき対象なのよ。
だから、「克服する」も間違い。
ちぐはぐでバラバラになってしまった私たちを繋ぎ止めるものは何だろう?
どこにも行けなかった、行かなかった私はこれから何に向かうのだろう?
信じるものは、どこにあるのだろう?
間違った思いこみが支配する。
「あたしは誰かを、何かを常に求めているけれど、誰かに、何かに求められたことはこれまでに一度もない」
でも、繰り返すよ。そんな毎日なんだもん。
私にどこに行けと?