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Oliverの日記: 「与える」

日記 by Oliver

どこかでドイツの精神分析家エーリッヒ・フロムの著書「愛するということ」からの「与える」についての文章の抜粋をみかけた。

与えるとはどういうことか。この疑問に対する答えは単純そうに思われるが、実は極めて複雑である。いちばん広く浸透している誤解は、与えるとは、何かを「あきらめること」、剥ぎ取られること、犠牲にすること、という思い込みである。性格が、受け取り、利用し、ため込むといった段階から抜け出していない人は、与える行為をそんなふうに受け止めている。

商人的な性格の人は喜んで与える。ただしそれは見返りがあるときだけである。彼にとって、与えても見返りがないというのはだまされるということである。基本的に非生産的な性格の人は、与えることは貧しくなることだと感じている。そのため、このタイプの人はたいてい与えることをいやがる。

与えることは犠牲を払うことだから美徳である、と考えている人もいる。そうした人達に言わせると、与えることは苦痛だからこそ与えなければならないのだ。彼らによれば、犠牲を甘んじて受け入れる好意にこそ、与えることの美徳があるのだ。彼らにとっては、もらうより与えられる方が良いという規範は、喜びを味わうより剥奪に堪えるほうが良いという意味なのだ。

生産的な性格の人にとっては、与えることはまったく違った意味を持つ。与えることは自分のもてる力のもっとも高度な表現なのである。与えるというまさにその行為を通じて、私は自分の力、富、権力を実感する。この生命力と権力の高まりに、私は喜びをおぼえる。私は、自分が生命力にあふれ、惜しみなく消費し、生き生きとしているのを実感し、それゆえに喜びを覚える。与えることはもらうよりも喜ばしい。それは剥ぎ取られるからではなく、与えると行為が自分の生命力の表現だからである。

きれいさっぱりオープンソースにも当てはまる。ボランティアもそうだ。好きでやってるんで、自虐でも自己犠牲による自己満足でもないんだ。

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UNIXはシンプルである。必要なのはそのシンプルさを理解する素質だけである -- Dennis Ritchie

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