去年(2009年)が田中絹代生誕百年だったので、戦前の大ヒット作品より、野村浩将監督『愛染かつら 総集編』(1938年)。花も嵐も踏み越えて~。
小さな娘を抱える未亡人の高石かつ絵は、娘を姉に預けて津村病院の住み込み看護師として働いていた。娘と会えるのは病院の公休日だけである。そんなある日、医学博士号を取って病院に戻ってきた若先生・津村浩三と馴れ初め、愛染かつらの木の下で愛を誓い合う。しかし幾多の困難によって二人は別れ別れになる運命に…。
いわゆるスレ違いメロドラマです。実はこの映画、本来は『前篇』『後篇』『続篇』『完結篇』と4部シリーズになっていたのですが、前後篇あたりをまとめて1本にしたのがこの『総集編』で、現在はこのフィルムしか残っていない模様。
スレ違いメロドラマというと、観客をじらしてナンボですから、同じジャンルならばハリウッドの監督でも、もっとネッチリと撮ります。しかし、てんこ盛りの内容を89分に詰め込んだおかげで、アップテンポな、戦前の松竹映画のモダニズムばかりが印象に残る、妙に爽やかな作品になってしまいました(笑)。
戦前の風俗、たとえば院長一家のブルジョアぶりと、住み込み看護師のつつましい生活。あるいはアメリカからの客船が着く埠頭に荷運び用の馬がいる、などを除けば戦後の映画と変わらない気がします。院長一家の娘・津村竹子や、浩三の婚約者候補・中田美智子が活発な洋装モダンガールですので、よけいにそう思えるのかも。
看護師・高石かつ絵に扮するのが田中絹代。1909年生まれですから、この映画の撮影時は29歳くらい。メーキャップ技術の発達していない時代ですけど、欧米の女優さんと違って日本の女優さんは、年齢による美貌の衰えが少ないので得ですね。田中絹代が演技派になるのは戦後からで、戦前は一種のアイドルスター的な存在です。
相手役の若先生・津村浩三の役は上原謙。加山雄三のお父さんですな。上原謙自身はこの『愛染かつら』シリーズが嫌いで、役を降りようとまで思ったとか。その、気の乗らなさ加減が逆に、いまひとつ煮えきらない色男役にハマってしまったのではないでしょうか。戦後、成瀬巳喜男監督と組んだ『めし』(1951年)とか『山の音』(1954年)とか、それに近い役柄ですよねえ。
戦前の日本映画の通例で、フィルムの状態はかなり悪いです。まずはレンタルなどでどうぞ。
以下、DVD裏のデータより。
■ CAST
田中絹代
上原謙
佐分利信
大山健二
水戸光子
三枡豊
桑野通子
藤野秀夫
葛城文子
森川まさみ
河村黎吉
吉川満子
小島敏子
斎藤達雄
坂本武
岡村文子
■ STAFF
原作:川口松太郎
監督:野村浩将
脚本:野田高梧
撮影:高橋通夫
音楽:早乙女光、萬城目正
録音:妹尾芳三郎、大村三郎
編集:斎藤正夫
公開年:1938年
日本語字幕あり
89min.
モノクロ
発売・販売元:松竹株式会社