Pravdaの日記: 究極の変化球は必要か?
姫野龍太郎『魔球をつくる 究極の変化球を求めて』(岩波科学ライブラリー)紹介の続きです。
変化球を計算機でシミュレートできると、どんなメリットがあるかと言うと、次の3つくらいでしょうか。もっとも、飛行機の翼型のように、ある程度まで解析的に解ける問題ではありませんので、計算機シミュレーションするか風洞実験するしか方法は無いのですけど。
- 風洞実験のようにボールを棒に固定する必要が無いため、ボールの進行方向から見て、縫い目が非対称になった際の不規則な振動を動的に観察できる。
- ボール周辺の数十万から数百万の空間点で時々刻々変化する流速や圧力データが得られるので、現象の観察だけでなく、その背後に潜む原因に直接迫ることができる。
- それまで人が試さなかった、あるいは意識しなかった回転をボールに与えてみることで、新しい変化球を開発できる可能性がある。
このうち一番下の3.で裏づけられたのが、松坂投手が大リーグに行った時に話題になったジャイロボールで、詳細はWikipediaの説明に委ねますが、ボールの進行方向に回転軸が向いている、アメリカンフットボールのクォーターバックが前方に投げるパスのような球です。
最初にスポーツ科学者の手塚一志氏が「こういうボールがある」と提唱し、それを姫野先生が計算機でシミュレーションしたところ、ストレートよりも初速と終速の差が小さく、かつフォークボール並みに落ちるボールになるそうです。このあたり、本書とWikipediaの記述とで違っていますが。
では、このジャイロボールを投げられるようになったら、無敵のピッチャーになれるかというと、個人的にはあまりそう思いません。この本の最後の方に少しだけ書かれてますが、バットの芯から1cm上下に当たると、それぞれフライか凡ゴロに終わってピッチャーの勝ち。また、本の中で引用している論文によれば、バットの周速度が120km/hとすると、ボールが20ミリ秒遅れることで打点の位置が約40cmほど前にズレてしまうとか。ある意味、ミリメートル単位の空間とミリ秒単位の時間でピッチャーとバッターは対決していると言えるでしょう。
これで思い出すのが、現在阪神タイガース二軍投手コーチの星野伸之で、現役時代の最高球速は130km/h程度、90km/h台のスローカーブが武器という、あまり大成しない投手に思えますが実際には通算173勝し、さらに奪三振数は歴代16位の2041という堂々たる成績。その秘密は引退後の著書『真っ向勝負のスローカーブ』(新潮新書)で明らかにしてますが、130km/hのストレートと90km/hのカーブの他に、その中間速の110m/hのフォークがあったとは…。シュートっぽく見えてたんですけどね。その3つの球種を全く同じフォームで投げて打者を翻弄していたわけですな。
米大リーグの投手はよくチェンジアップを投げますけど、あれはもっと日本野球で普及していいと思います。ジャイロボールは失投すると棒球になる危険性があり、提唱者の手塚一志氏はサイドスローを薦めてますが、あのフォームは例えば元巨人の斎藤雅樹投手のように下半身がガッシリした人でないと成功は難しいんじゃないでしょうか。また、セットポジションからのクイックモーションで不利。
長くなったので切り上げますが、『魔球をつくる 究極の変化球を求めて』は、野球が好きで流体解析萌えな方にはオススメ。一方、『魔球の正体』はジャイロボール投げ方指導が中心な本。しかしその本に載ってる写真で、元祖フォークボール・ピッチャー杉下茂氏の指の長さにはビックリ。『真っ向勝負のスローカーブ』は、野球好きの方ならどなたでも楽しめると思います。
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