Pravdaの日記: 聖徳太子虚構説
東京新聞の社説、週のはじめに考える 書き換わる聖徳太子像 [tokyo-np.co.jp] より。
実在から非実在へ、聖徳太子像が大きく書き換えられようとしています。戦後歴史学がたどりついた成果とも、真実追究の学問がもつ非情さともいえるでしょうか。
〔大きく中略〕
誇張や粉飾があったにしても、実在と非実在では話の次元が全く違ってしまいます。ところが、積み重ねられた近代の実証的歴史学の結論は「聖徳太子はいなかった」で、どうやら決定的らしいのです。
何か新しい確実な証拠が出てきたのか?、と思いきや、そういう学説をこの社説の執筆者が支持しているだけのようです。
国史関連の某本で「○○という資料は後世に改竄されており、改竄者と推定される△△には、××という意図があったと思われる」というロジックが多用されていて、では△△が○○を改竄した証拠があるかというと全く無いのでアホらしくなって途中で投げて以来、国史学の本は敬遠しているため、この執筆者のいう「聖徳太子虚構説」にどの程度信憑性があるのかは判りませんが。
聖徳太子を知らない日本人はまずいません。教科書風にいえば、六世紀末から七世紀前半の飛鳥時代、日本の伝統精神に仏教や儒教の外来思想を身につけ、日本の国力と文化を飛躍的に高め世界の先進国入りさせていった皇太子です。
飛鳥時代以前に日本に根ざしていた伝統精神って、具体的にいったいどんな心性なのでしょう? 茶化してるのではなく、国史学や国文学で定説があるのなら、ぜひ教えていただきたいものです。(ちなみに『万葉集』の完成は八世紀末。)
いっとき網野善彦にハマって、日本の中世にまつわる著作を読んだことがありますが、中世は「宗教の時代」で、鎌倉や室町の人々が何故あれほど仏教に熱狂したのか、ピンと来ない部分があります。
東洋史学者の内藤湖南は、「大体今日の日本を知る為に日本の歴史を研究するには、古代の歴史を研究する必要は殆どありませぬ、応仁の乱以後の歴史を知って居ったらそれで沢山です」と言いましたが(青空文庫の『応仁の乱に就て』)、その当時の「気分」を現代人が推しはかれるのは応仁の乱あたりが上限なのかもしれません。
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