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Pravdaの日記: 〔書籍〕 暴走老人! 4

日記 by Pravda

藤原智美『暴走老人!』(文春文庫、2009年)、読了。2007年のベストセラーが文庫化されました。著者は1955年生まれですから、この本の執筆時は52歳くらい。(←これ重要)

以下、文藝春秋のWebページ、カバー裏の紹介文および目次概要。
http://www.bunshun.co.jp/cgi-bin/book_db/book_detail.cgi?isbn=9784167773267

役所の受付で書類の不備を指摘され、突然怒鳴り始める。コンビニで立ち読みを注意されて逆ギレし、チェーンソーで脅しをかける。わずかなことで極端な怒りを爆発させる老人たちの姿から、その背後にある社会や生活意識の激変を探り、人間関係の問題を指摘して、「暴走老人」の新語を世に定着させた話題の書。解説・嵐山光三郎

■ 目次概要

  • 序章 なぜ「新」老人は暴走するのか
  • 第一章 「時間」
  • 第二章 「空間」
  • 第三章 「感情」

本の帯には、以下のような「新」老人の暴走ケースがあげられ、もちろん本文にも詳細が書いてあります。

  • スーパーのサービスカウンターでいつまでも怒鳴り散らす。
  • 病院の受付で、ダダをこねて床に転がる。
  • 高速道路のチケットをなくして、料金所でいすわる。
  • タバコの自動販売機で、「買うのが遅い」と、60歳が70歳を殴る。
  • 散歩中に大型犬を放し、歩行者が噛まれて怪我をする。
  • ゴミ屋敷の主人が、庭に糞尿を貯蔵し、悪臭を近所にまく。

こういった老人の暴走ぶりを収録し「嘆かわしい」と言ってるだけの本かというと、さにあらず。老人たちが青少年期を過ごした1960年代と現代との間で起きた、日本社会の変化を追い考察する部分に、大きくページ数を割いています。

1.「時間」
ゆったり時間が流れていた1960年代に比べ、現代人は時間を細分化・管理し、ムダな時間を排除しようとしている。さらにパソコンやケータイなどのIT機器の普及が、その風潮に拍車をかけている。会社生活をリタイアした「新」老人には多くの自由時間があるが、自分で時間割を作りコントロールすることは非常に困難で、時間割からの解放は同時に喪失でもある。

2.「空間」
1960年代以降、日本人の住空間に「個室」が発達した。それと同時に現代人の「テリトリー感覚」も変わった。現代人どうしは互いのテリトリー感覚を尊重し合い、暗黙の了解で摩擦が起きないよう暮らしているが、ほとんどが個室で成長した体験のない「新」老人には、どういう行動が現代人に迷惑をかけるのか、その空間意識が分からない。

3.「感情」
現代は「丁寧化社会」で、あらゆるサービスがお客さま第一主義になるとともに、サービス業従事者は本来の労働に加えて「感情労働」も要求されている。一方、スターバックスやマクドナルドなどファストフード店には「透明なルール」があり、お客もそのシステムに順応しなければならない。こういった新しい生活規範に、「新」老人は戸惑いを覚えている。

…と、乱暴かつ粗雑に要約してみましたが、筆者は暴走老人に対してただ単に「空気読め!」と老人批判しているのではなく、むしろ老人の側に歩みよって、日本社会の変動ぶりを考察しています。執筆時、筆者が50歳代だったことも少なからずあるのでしょう。「警笛としての新老人」と小みだしを付け、以下のように締めくくっています。

情報化社会という「社会風景」の地下では、人々の内面=感情、情動のあり方が地鳴りを響かせながら揺れ動いている。だとすれば新老人の暴走も、変化を無意識に感じとり苛立っているがゆえの防御なのかもしれない。彼らは「鈍感」なのではなく「敏感」なのであり、彼らの叫びと暴力はひとつの警笛なのだ、と私には思えてならない。〔p.222〕

現代社会を考える上で、いろいろな示唆に富んだ本だと思います。武士の情けで書名は出しませんが、某社会学者のセンセイが書いた同じようなテーマの本より、はるかに読みごたえがありました。

この議論は、Pravda (33859)によって ログインユーザだけとして作成されたが、今となっては 新たにコメントを付けることはできません。
  • 朝日新聞:「昔、暴走族でつい一緒に」 軽トラ57歳、暴走容疑 [asahi.com]
    こちらかと思いました。。。違いましたか。
    『暴走老人』ですか。
    なるほどねぇ、こういう見方もあるんですねぇ。
    そういえば先日の国母選手の服装の件でのバッシング報道において苦言を呈しているお年寄りたちを見るにつけ、
    「最近街角で見かける迷惑な人らは60代ぐらいのほうが多いんじゃない?」と思ってました。
    そう思いませんか?
    #自分もそろそろ老人のほうに近くなってくるので自戒を込めて。

    • 拙文へのコメント、ありがとうございます。

      「最近街角で見かける迷惑な人らは60代ぐらいのほうが多いんじゃない?」と思ってました。

      パオロ・マッツァリーノ『反社会学講座』(ちくま文庫)によると、戦後の少年凶悪犯罪件数が一番多かった世代が、今の60代くらいだそうです。氏のWebにも記事とグラフが掲載されてますね。
      http://mazzan.at.infoseek.co.jp/lesson2.html [infoseek.co.jp]

      あと、この『暴走老人!』の追記にも書いてありましたが、2006年の高齢受刑者の割合は、ドイツが3%、韓国が3.5%、米国が5.4%なのに対し、日本は12.3%なのだそうです。戦後ニッポンの社会状況の変化のせいもあるでしょうが、もともと粗暴な性格要素を持った世代なのかもしれません。

      ただ、外国人が電車の中で日本のお婆さんを見て「キュートだ」と褒めるのも耳にする話で、ニコニコして人格円満なお爺さんお婆さんもまた、日本では多いようです。

      # 個人的には将来、人格円満なジイサンになりたいと願っているのですけど、どうなることやら。X-)

      親コメント
  •  ただ、「六十年代に青少年期を……」というのを見ると、その世代は同時に「安保世代」でもあるわけですが、その点については触れられていたのか否か……、書店で見かけたら手にとって確認してみます。

    --
    ここは自由の殿堂だ。床につばを吐こうが猫を海賊呼ばわりしようが自由だ。- A.バートラム・チャンドラー 銀河辺境シリーズより
    • コメント、ありがとうございます。

      結論から言うと、この本は「安保世代」への言及がまったくありません。ただ、個人的には著者・藤原智美さんの識見であろうかと思います。

      安保といえば「'60年安保」と「'70年安保」がありますが、1960年代は今よりずっと大学進学率が低く、実際にゲバ棒をふるったり火炎瓶を投げた人たちの、同世代人口に占める割合いは決して高くありません。また現代よりはるかに女子大生の少なかった世代でもあります。

      それに対し、今の高齢者の一部のお行儀の悪さのパーセンテージを見ると、極私的な主観ですが、あまり「安保世代」とは因果関係がないんじゃないか?、などと思っていたりします。

      また、1960年代といえばアメリカやフランスなど西側先進国で、学生運動が多発した時代だったようですけれど、諸外国の高齢受刑者の割合いに対し、現在の日本だけが突出しています。やはり「日本ローカルで何かあったのでは」と考えるのが妥当なセンではないか?、などとオボロゲに考えています。

      なんというんでしょうか、日本にはまだ「お年寄りは敬わねばならない」みたいな儒教的倫理観の残骸みたいな空気が残っていて、いわゆる「暴走老人」は、その価値観に甘えているような気がしますね、ちいとシビアな言い方をするならば。

      親コメント
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未知のハックに一心不乱に取り組んだ結果、私は自然の法則を変えてしまった -- あるハッカー

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