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Ryo.Fの日記: 靖国参拝 11

日記 by Ryo.F

Ryo.Fは基本的に、首相の靖国神社参拝に反対ではない。むしろ、賛成の立場である。

少なくとも、支那や朝鮮が主張している「A級戦犯合祀云々」という理由は認めることができない。まず、死んだら善人も悪人もない、という日本の伝統にのっとれば、戦犯であるか否かは靖国に祀るか否かとは直接リンクしない。次に、東京裁判が事後立法の不当な裁判であった疑いが強いためだ。
付け加えるとすれば、未だにチベットや東トルキスタン、ウイグルを武力併合し続けており、さらに台湾を武力併合することも否定しない帝国主義国家がそんな主張をしたところで、何の説得力もなかろうというものだ。

ただし、こういう主張もある:

靖国神社と言えばここが発行している「遊就館図録」という本があるのですが、ここには「第二次世界大戦は日本がアメリカから無理矢理戦争をするようにし向けられた正義の戦争」で、「戦争の責任はアメリカにある」なんてとんでも無いことが平気で書かれています。そもそも自分らが朝鮮半島とか中国に進出していったのが原因だという所を綺麗さっぱり忘れているというのは随分と都合の良い脳味噌をしてますよね。(:-P。

ま、言っていることはもっともなのだが、戦争の責任の一端は米国にあることは間違いないし、無理矢理戦争に導かれたことも間違いない。日本が植民地化しなかったら、米国もしくはロシア辺りの植民地になっていただけだろう。

だからと言ってそれを「正義の戦争」と言い切ってしまうのはマズい。「無理矢理仕向けられた」と言っても、仕向けられた方もマヌケ。だますかだまされるかが常識である国際社会において、だまされるのは悪であるとも言えるのだ。

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  • by visha (779) on 2005年06月09日 16時38分 (#748734) 日記

    負け戦の将に甘いのは日本人の体質ですかねぇ... 靖国問題でそこが個人的には解せないところです。A級戦犯云々は連合国側の都合だからどうでもいいんだけど(そんなものは負けた敵軍の将を屠る口実に過ぎない)、拙い戦略と愚かな戦術によって必要以上の犠牲を強いられた上で敗戦国にされた国民が、あんまり戦争当時の指導者に厳しくないのは不思議な気がします。うちの婆ちゃんは連れ合いが台湾で戦病死してるし、台湾から戦後引き上げる際もえらい苦労をしていて、「あんな連中(戦時の指導者たち)とは一緒に祀って欲しくない」とよく言ってました。でも、そういうことを言う人は存外少ない。

    • by Ryo.F (3896) on 2005年06月09日 17時58分 (#748764) 日記
      それは、死んだ人はみんな神様や仏様になる文化だからですよ。その人の業績と、死んだ後どうなるかは一般には関係ない。例えば、身内に死刑囚が出たからと言って、その遺骨を先祖代々の墓に入れない、ということはない。でもだからと言って、その故人がいい人であったという評価をしているわけではない。

      ご指摘の通り、戦時中の指導者に甘いという点はなくはないと思います。でも、それなりに批判されてもいると思いますよ。
      ま、文化大革命を推進した指導者に対して、かの国の国内評価がどうあるか、と言うことと比較してみるのも面白いかもしれません。
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      •  こんにちは。
        例えば、身内に死刑囚が出たからと言って、その遺骨を先祖代々の墓に入れない、ということはない
         そうでもないですよ?親類の恥になりますけれど、返済できない借金を抱えてしまったので、親戚にまで借金返済を迫る裏金融業者が押しかけてしまった叔父がいたのですけれど、亡くなった後も先祖代々の墓には入れてもらえませんでした
         また、村の人たちのお墓からぽつんと離れた場所に、一つだけ古いお墓があったので、不思議に思って尋ねたところ、明治時代に村八分にされた人のお墓だそうで。
        「死ねば神になり仏になるから許す」という風習と同時に、「共同体に迷惑をかけた人は、死んでも許さない」という風習もあるのではないかな、とか思いました。
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        • by Ryo.F (3896) on 2005年06月09日 18時24分 (#748774) 日記
          確かにそういう例が皆無ではありません。他と比較して、という程度で理解してください。例えば支那や朝鮮などが比較対象になるかと思います。これらの地域では、罪人の墓を暴くということまでやりますからね。日本ではほとんど考えられないことでしょう。

          それと、村八分ですが、辞書を引いてもらうとわかると思いますが、普通は、近所付き合い(これを全部で十分と考えて)のうち、火事と葬式(二分)以外のもの(十引く二で八分)を絶つ、ということから来ています。従って通常、村八分といえども「死んでも許さない」という性質のものではないのではないかと思います。
          #そこまでやったら、村九分と呼ぶべきです(笑)。
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          •  そうですね。
             復讐の為に死者の墓を暴いて鞭を打つ、なんてことも古代中国史で見かけました。史記だったかな(さすがに「それはやり過ぎだろう」って窘められていましたけれど)

             村八分については、私も同じ事を疑問に思って尋ねたところ「葬式はあげてやるが、村の墓地には入れてやらない」だそうです……うーん、なんか違うような気もしますけれど(苦笑)

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            • by Ryo.F (3896) on 2005年06月09日 18時47分 (#748789) 日記
              支那の説話は極端なものがあって、二十四孝図 [ocn.ne.jp]なんかは、日本人の感覚からすると、「えー、そこまでやるかー?」って話が「いい話」として描かれています(王祥 [ocn.ne.jp]、老莱子 [ocn.ne.jp])。

              ま、そんな極端なことまで真似しなくってもいいですよね。墓地なんか、いずれ足りなくなったりするんだろうから、無闇に墓地の面積を増やすようなことはしない方が国益にもかなうかと(笑)。
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            • by Anonymous Coward
              >復讐の為に死者の墓を暴いて鞭を打つ、なんてことも古代中国史で見かけました。

              史記伍子胥伝ですね。
              楚の平王が伍子胥の父と兄を惨殺したことへの復讐として述べられています。

              どうでもいい豆知識なのでAC
      • by visha (779) on 2005年06月09日 18時21分 (#748773) 日記
        それは、死んだ人はみんな神様や仏様になる文化だからですよ。その人の業績と、死んだ後どうなるかは一般には関係ない。例えば、身内に死刑囚が出たからと言って、その遺骨を先祖代々の墓に入れない、ということはない。

        これ、本当にないですか? 全くないのか? という揚げ足取りじゃなくて、一般論としてそうだと言えるレベルで本当にそうなのか、ということです。そうだ、という材料も、そうではない、というほどの材料もないので。それでも、癩病患者の遺骨の引き取り手がいないなんて話を聞くと(あれは業績ではありませんが)、本当にそんな文化あるのかなぁと思わないでもない。確かに近しい人や利害関係のない人が死んだら「ホトケさん」になるのかもしれませんが、憎しみや嫌悪の対象になっている人まで「ホトケさん」として受け入れる文化が本当にあるんでしょうか。

        文化大革命を推進した指導者に対して、かの国の国内評価がどうあるか、と言うことと比較してみるのも面白いかもしれません。

        外交的な駆け引きの材料としては面白いかもしれませんが、個人的にはあまり関心わかないですねぇ。

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        • by Ryo.F (3896) on 2005年06月09日 18時34分 (#748784) 日記
          別のコメントにも書きましたが、あくまでも比較的、ということでご理解ください。

          例えば、憎しみや嫌悪の対象になっている人の例で言えば、平将門あたりなんかどうでしょう?朝敵であり、憎まれてもいたはずですが、今では神様ですね。藤原純友を祀る神社もありますね。
          もっとも、明治時代に神様から降格 [www.ne.jp]されてるんですけどね。

          業績を云々するのは別に良いと思うのですが、死後の扱いに差をつけても意味がないように思います。墓を暴いて遺体を引きずり出して鞭打ったところで、何の意味もありませんしね。
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          • by visha (779) on 2005年06月09日 19時23分 (#748803) 日記
            憎しみや嫌悪の対象になっている人の例で言えば、平将門あたりなんかどうでしょう?朝敵であり、憎まれてもいたはずですが、今では神様ですね。

            これこそまさに日本人が敗軍の将に甘い(甘いどころかある種の共感さえ抱く)という性の現れなんじゃないかと思うんですよね。死者がホトケになるのとは根は同じなのかもしれませんが、表出の仕方としてはちょっと違うんじゃないかと。

            で、かの国を始めとして多くの民族では、こういうメンタリティはあまり見られないという話を聞いたことがあります。勝ったものが正義であり、勝ったものが美しく、勝ったものにのみ共感を抱く、と。だから、彼らが靖国参拝にいちゃもんをつけるのは、もちろん政治的な意図や戦略があってのことですが、感情の根本には「理解できないものに対する薄気味悪さ」があるんじゃないかと思うんですよね。

            なので、彼らがこの問題を感情の側面で理解するのは無理だし、それを求めても無益なだけなので、純粋に外交的なカードとして扱った方がいいんじゃないかと思うんですよねぇ。個人的には、外交カードとして以外に靖国神社に存在意義があるとは思っていないので。個を殺して国の犠牲になったんだから、死んだら個に戻してやれよと思う。

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            • by Ryo.F (3896) on 2005年06月09日 19時33分 (#748807) 日記
              > 感情の根本には「理解できないものに対する薄気味悪さ」があるんじゃないかと思うんですよね。

              その通りだと思います。

              > なので、彼らがこの問題を感情の側面で理解するのは無理だし、それを求めても無益なだけなので、

              そこは同意できません。多様性を認められない、というメンタリティは、変わっていただかないと困ります。実際、支那だけでなく米国も多様性を認め損ねてあちこちケチがついてますよね。

              無理だ、と言っていては、文明の衝突(c)ハンチントンはエスカレートしていかざるを得ないわけで。少なくとも、理解させることを諦めてはいけないと思いますね。日本人自身を含めてね。
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