SS1の日記: 言論の自由と読者のプライヴァシー
言論の自由と読者のプライヴァシーには,とても密接な関係がある。
さて。47氏のWinnyは,方法はどうあれ,インターネット上での著作権のありかたについての思想,信条を表明する行為として,Winny を出版したとみなすことが可能である。Winnyを利用して占有された著作物の送信可能化権を侵害するか否かは,ユーザー責任。わかりやすくいえば,ユーザーによる選択の自由に任されている。
そもそも,読書というのは性行為と同様のプライヴェートな活動である。たとえば,あなたが密かに高校生のブログを読んでいたとして,それを知られたくない。と考えているなら,あなたはそれを自分のプライヴァシーと考えていることになる。それが第三者に知られることで,あなたのような読者のプライヴァシーが侵害されることになる。たとえば『新現実』のような雑誌・メディアで,某精神科医の弟のように『わたおに』を読んでいることをバラされることになれば,やはり,とても恥ずかしい思いをすることだろう。これなどは,悪意をもった某編集者による意図的な「プライヴァシーの侵害」といえるわけだ。
では。こうした,「読者のプライヴァシーを侵害する行為」が,なぜ許されないのか。それは,その行為が「思想,信条の自由を侵害する行為」でもあるからだ。たとえば,仮に書籍にRFIDがインストールされて,警官がポータブルなスキャナを使い自由に参照できるようになったとしよう。そこで,「特定の思想,信条」に関連付けされた著作物(たとえば,スペイン総選挙に関する書物)をトラッキングすることで,出版の自由を保障しつつ,任意の思想保持者のトラッキングが可能になる。これで,特定の政治団体の主宰する,集会,デモ等の認可と引き換えに参加者名簿の提出を義務図けることと同様な効果が得られるわけだ。
たとえそれが書籍でなくても同じだ。音楽であろうと映像メディアであろうと,あるいはそれがソフトウェアであろうとも,それらを視聴,あるいは利用する行為を任意の第三者が知る権利は,たとえ著作権者であろうと,ユーザーから明示的な許可を得ない限り,認められることではない。それらが知られてしまうリスクのために『わたおに』を買えない人,ようするに購読を制限されている人もいるわけだから。読者のプライヴァシーというのは,言論の自由にも関わってくる,けっこう重要な要素なのである。
ようするに,京都府警のやったことは,露骨な憲法違反である。と,いうことなのだ。
言論の自由と読者のプライヴァシー More ログイン