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SS1の日記: ポストモダン化するインターネットパラダイム 2

日記 by SS1

抽象:インターネットは,その発展とともに都市化(都市機能の代替)を完了し,現在は郊外化へと,その開発の中心を移行しつつある。『ウェブ進化論』の「高速道路」のアレゴリーは,それをポストモダン化として読むことを可能にする。インターネット社会が「ポストモダン化」するとどうなるかはわからない。だけども,先行事例としてのオタクの存在は,より注目されることになるのではないだろうか。

「Web2.0」って要するに,「インターネットパラダイムがポストモダン化すること」なんだろうな。とか,『動物化するポストモダン2』を読んでて,んなことを考えた。残念なことは,インターネットについて東浩紀のような分析をしてくれる人や『テヅカ・イズ・デッド』のように詳細な参与観察報告をしてくれる人がいないことである。

スラドを含めたオタク系は,すでに「ポストモダン化」を完了しているわけだけど,インターネット全体は,これから,あるいは,いままさに進行中の出来事といえる。

ここでいう「ポストモダン化」とは何か?

あまり良い例じゃないんだけど,以前の日記に「インターネットはどこまで都市機能を実現するか?」というのを書いたことがある。ああいう記事を書いたのはもちろん「も~ないだろ」と思ってたからなんだけども*1,この「都市機能を代替する」あるいは,都市的な集積化,効率化をどこまでも目指すというのは,とても「モダン」なパラダイムである。そして「ポストモダン化」はあえて言うなら「郊外化」であって,「ゲーテッドコミュニティ」とか「透明な社会」とかそういう言葉がキーワードになる世界である。

「ポストモダン化」がキーワードにならないのはなぜか?

死語だから,というのはさておき。そのあたり,どう意識してるんだろうと思って『ウェブ進化論』をぱらぱら眺めてみた。読んでわかるのは,話題の中心がグーグルなこと。あれは,いいかえれば「超都市的」ではあるけど,提供されたものが「ポストモダン」なのかどうかというと,微妙(きちんと分析する必要がある)なところがあるのだ。ただこの「超都市化」のパラダイム(超集積化,超効率化)には,物理的な限界がある。集積化は,地球上のすべての情報をマップしたらおしまい。効率化もユーザーがコスト負担する必要が無くなれば,それいじょうは,同業者間の競争がのこるだけだ。つまりどこかで「飽和」するのである。

「ポストモダン化」は避けられないのか?

ここで思い出すのはボードリヤールの『シミュラークルとシミュレーション』の冒頭の地図のアレゴリーだけど,それよりも「ウェブ進化論」の最後に登場する「高速道路」のアレゴリーがふさわしい。あれで,たとえるなら,

高速道路(超モダン化):自明なベクトルの速度(ベロシティ)を極限まで上げること。
交通渋滞(ポストモダン化):自明だったベクトルが放棄されること。

という対比になる。すでに高速道路(超モダン化)が達成されてしまえば,ユーザーは,どこまでも交通渋滞(ポストモダン化)するしかないのである。

「ポストモダン化」のその先は・・・

言葉の定義からして,その方向を指し示すことはできない。オタクはある種の先行事例として参考になるだろう。『ウェブ人間論』では,島宇宙化を心配する意見があったけれども,コミケの経験からいえば「すでに島宇宙間で言葉が通じないこと」を前提にして,その島宇宙の中から一般性を持った言葉が生まれてくることを期待するほうがいいとおもう。けれども,そういうことを書く論客がいるかどうかは,また別の話になる。

*1 だから,skypeを使いこなしている(都市機能として役立ててる)人を見たときはビックリした。このskype(市内局番)を含めた,podcast(ラジオ), youtube(テレビ) は,おそらくインターネットに登場する最後の都市機能だとおもう。

*2 超○○ 「ちょ~すごい」とかの「ちょ~」と読むこと。「ハイパー」とか,ただれた読み方をしてはいけない。

参考:
ネット・イデオロギー,白田
『東京から考える―格差・郊外・ナショナリズム』東,北田 こっちの本に,六本木ヒルズみたいな一括開発が郊外的だという指摘がある。つまり六本木でもニュータウンということ。

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  • 「郊外」は激しくモダンだと思うけどなー。
    個人的にはポストモダンはモダンが「よくわからないもの」として意識せずに捨ててきたものを拾い直して意識的に評価して社会の中に組み込んでいくもの。としておきたい。一見ただのプレモダンへの回帰に見えるけど、プレモダンでは無意識的な、理由づけされていない、認識できない価値だったものがポストモダンでは意識的に理由づけされて認識できる価値に書き換えられているところが違うというか。

    あるいは、目的が人間そのものであることを再発見し、然る以上人間の性質を抜きにした効率など無意味だという事に気付いたというか。
    • ここで使ってる東浩紀がいってる「ポストモダン化」は,ポストモダニズムとは別もので,ここでは「自明なベクトル」の有り/無しくらいの意味で使ってます。だから,tarosukeさんの意見は「ポストモダニズム」の話なので,別の話かなと。

      >「郊外」は激しくモダンだと思うけどなー。

      というのは,資本の論理がモダンそのものだから,そのとおりなんですけど。

      私が意識してる「郊外化」は,主に都心部で進行中の郊外化で,アキバにドンキが進出したり,そういうのを含みにした意味で使ってます。

      いうなれば,荒川の上流の埼玉が「リアル郊外」で,下流の隅田川河口ちかくで起こってるのが「郊外化」。たとえば月島や六本木のタワーマンションみたいなのが,新手の郊外化になります。

      あと「ポストモダン化」という言葉を使うのは他に,切り口のわかりやすい適切な用語が無いってのもあります。ウェブ2・0がバズワードになるのは,切り口が見えないからなんで,そのあたりを見えるようにしたいなぁというか。

      いっそ造語して「ダン(羽化)」と呼ぶとか。

      で,月島のタワーマンションは「ダン郊外」という・・・ さらに,いみふめいですね。
      --
      斜点是不是先進的先端的鉄道部長的…有信心
      親コメント
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