SS1の日記: はやぶさ2と集団思考
以前の日記にも書いたけれど,ネットで盛り上がるネタというのは,集団思考に陥りやすいものである。集団思考については,私の日記よりwikipediaの解説が整理されているのだけれど,ここにある「集団思考」に,陥りやすい条件てのが興味深い。前回わたしがタレこんだ「はやぶさ2」では,一番目がガッチリ適合したんで,ほぼ確実に「集団思考」に陥ったはずだ。
でまあ,その状況をチェックリストぽく自省してみる。
* 集団が外部の脅威にさらされていたり時間が切迫したりしている
(はやぶさ2はOSIRISに追われて,予算編成まで時間が無かった。)
* 集団の団結が強い
(なんだかんだで,みんな,応援メッセージを書いていた。)
* 集団のリーダーの権限が強い
(・・・これは,それほどでもないかな。)
* 集団が孤立したり情報が少なかったりして外部から隔離した状況にある
(情報は,基本的にはやぶさプロジェクトサイトのみ。)
* 決定の道筋や規範がはっきりしていない
(なぜ「はやぶさ2」か・・・ という理由づけは,けっこう微妙な気がする。)
* 成員の思想や社会的な立場が同質である
(まあ,日本人だし,オタだし。)
* 成員の集団に関する自省や疑念が薄い
(・・・自省してます?)
でまあ,どうなんだろ。集団思考の特徴としては,同wikipediaによれば,
* 成員の殆どの間で根拠のない過剰な楽観的観測が共有される(完全性への幻想)
(はやぶさは,楽観視はないが,絶望的というのはタブー化されている)
* 自集団が共有する倫理観についての疑問を持たない傾向(倫理性への幻想)
(OSIRISに協力しない,対抗するという意見には倫理的根拠が無い)
* 過去の実績を理由に自己正当化し、自集団に対する批判的な評価を嫌う傾向にある。(自己正当化)
(「はやぶさ」がこれだけ成功したのだから「2」は当然だ。「2」を押さないJAXAが悪い)
* 自集団以外の者(特に敵対する集団)を否定的なステレオタイプ的認識で見る(共有されたステレオタイプ)
(官僚だから・・・ 業界だから・・・ JAXAだから・・・ スラドだから・・・ 毎日だから・・・)
* 集団の意見に同調するように圧力がかかる(同調圧力)
(はやぶさミッションが失敗,とは言いだしにくくなったり)
* 集団の結束を乱さないために成員が集団の意見に対して異論を唱えなくなる(自己検閲)
(サンプルリターンはもうダメでしょ・・・ とかはさすがにいえんし)
* 自己検閲および「意見が無いことは賛成を意味する」という誤った認識から表面上集団の全員が同じ意見であるという共通認識が生まれる(全会一致の幻想)
(はやぶさミッションに注目している人が,みんな2も応援してるわけではない)
* 集団の意見に反対する議題が出ないように働きかける成員が現れる(自薦の用心棒〔マインドガード〕)
(両論併記しただけで噛み付く人がいる)
とまあ,こんな感じなんだけど。不健全なレベルには落ち込まなかったように思う。ただ,私自身も集団思考の中の一人なわけで,甘い判定なのかもしれない。
でもまあ,それでもこう,普通ならもっと醸しだされてしまう「痛さ」があんまりなかったよ~なとか感じているんだけど。これについては,甲野善紀の随感録(2006年6月23日)で,別の話題なんだけど,なるほどな理由を見つけた。
この話をその後、電話がかかってきた精神科医の名越氏にすると、「ああ、それはその人達が、自分達がいい事をしていると思っていないからでしょう」という名答が即座に返ってきた。
確かに。これからも「はやぶさ2」を応援してる人は「いい事をしている」とか思い込まずに活動するのが,いいんじゃないかと思います。
・・・松浦は別として。(おい)
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