Syuichi Kisaragiの日記: 我的恋愛哲学!
TRPGのPCで語ってしまった。
自分自身は結構楽しかったけど、少し相手が困惑してたかも…
この場を借りて一応謝っときます…すみませんでした(ぺこり)
まぁ…見てるかどうかは微妙ですが。
『ちうか、哲学って何?』
…とか聞かれると辛いけど、まぁ、簡単に言えば、
物事の本質を明らかにする為に、言葉を言い換えたり
そのプロセスを考え、筋道が通るようにすることで、
全てを明らかにする学問、ということになる。
だから、全てを表現する為には…
かなり回りくどいし、冗長的でムカつき
ます(汁
だから、実際は1つの事柄に限定して、より深く正確に、考えを
進めて行くわけダガ…。
哲学者同志の論議って、果てしなく不毛です。(笑)
もう、コレ以上寒いものはないってぐらい。
自分の意見を押し通し合う故に、かなり見た目も汚いし。
PCが喋った元の内容は、こんなものだ。
――――――――――――――――
人間、誰でも、どこか自分の気づかないところでも、不器用なまま
生きてる生き物である。
そして、ほぼ100%近くの人間は、自分の中に何らかの不器用な部分を
持ったまま、一生を送り、死に、輪廻転生を繰り返す。
でも、不器用だから、人らしい。
不器用な部分が全くもって無いのは、神という。
それに、人間だけに許された特権もある。
不器用な部分があるからこそ、自分というものを感じることが
出来るように、作られているのだ。
しかし、その不器用な部分は普通、友達付き合いで話している
程度では全く見えてこない。
だから、もっと相手の不器用な部分が知りたくて、もっと相手
の事が知りたくて、人と人は付き合うのではないか。
そして、数学的にその逆数を取る。
つまり、不器用な、ただ混沌としたカタマリの中に存在する、
ダイヤの原石を見つけたい、と思うこと。
これも、恋だと思うのだ。
どれがダイヤの原石か、という解釈は人によって違うが、
必ず最低1個は、その原石は存する。
その原石探しの可否を答えることが、まぁ、普通の言葉で言えば、
『告白の返事』ということになる。
そして、同意し、付き合い始めた瞬間から、御互いの心はどんどん
中に入り込み、融合していく。
――――――――――――――――
まぁ、冗長的ではあるけど、多少、元からすると、
把握しやすいものにはなっていると思う。
そして、更にそれを突き進めていくと、
――――――――――――――――
■人が人と付き合いたくなる理由って、何だろう。
それは、例えば見た目には器用な人間の、
隠れた短所を見つける楽しみが得たいからだったりする。
また、それは、例えば明らかに不器用な人間の持つ、
隠れた長所を見つける楽しみが得たいからだったりもする。
そして、世界中のどんな物質や物事よりも混沌とした人の内面に、
眩いばかりに光を屈折するダイヤの原石を見つけ出したいからだったりする。
ダイヤの原石を見つけるのは、たやすい事ではない。
自分が死ぬまで掛かっても、発掘する事は出来ないかもしれない。
でも、それで良いのだ。
そのほうが幸せだから。
何故なら、それは物欲と同じで、その物が手に入る喜びよりも、
その物が手に入るまでの間、その物の事を考えている事のほうが、
喜びが大きいからだ。
――――――――――――――――
と、更に文章が簡単になり、より簡潔にまとまる。
まぁ…これなら、ある程度理解して…くれるか?(滝汗(段々自信が無くなってたり)
…ちうか、根っからのロゴスですな(汗)これって。
でも、筋道は通る。これが哲学。
解らないことを、解りやすいようにたとえ話で書き表すことで、
把握しやすいものになる。
これは、近年の科学技術の発展の背景にも見られるように、
解り易い様に、そして筋道が通るように言葉や理論を並べ、
筋道が通るように、そして難解・難題を解決する活動の一つの
重要なパートを担っており、また科学は、人間の文化の発展に合わせ、
どんどん哲学という学問が細分化して行ったものの一つである。
そういう意味で、全ての学問は、哲学の精神であるそれと
深く繋がっているのである。
ただ、元々の哲学は、具体的に物事をあらわすのではなく、
より抽象的に書き表さなければならない。
それが、哲学を取っ付きにくいものにしている原因であるのだが、
そういう意味で『私は哲学者としては失格なのかな?』なんて考える事もある。
まぁ、元々哲学者である訳ではないが、私の本名にも、
この『哲』という文字が使われている。
ところで、『哲学』の『哲』という字には、
『物事の本質を理解する』
『物事の本質を明らかにする』
という意味があり、私の親は、多分これを私に望んでいるのだと思う。
私は、まだ卵ではあるが、哲人で在りたいな~…
なんて思った一週間だった。