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T.MURACHIの日記: 恐いという感情

日記 by T.MURACHI

昨日の出費。

  • 週間少年サンデー ... 220 円
  • 昼飯 - 牛丼大盛り、卵 ... 430 円
  • 職場で 90 円のジュース 1 本 ... 90 円
  • 食材 - 豚肉、にんじん、ピーマン、もやし ... 182 円

合計、922 円也。

※ 2003.9.4 訂正: サンデーをカウントし忘れていました。

昨日は退社時刻寸前になって突然、すごい嵐に見舞われました。雷の音が職場内にまで響いて、皆さん仕事そっちのけで大興奮。窓のそばに集まって、しきりに外を眺めては、ああまた光った、などと叫んで、喜び合っている。お子様じゃあないんだからさぁ。。。(^_^;

しかし雷雨だなんて迷惑以外の何物でもないはずなのに、起こってみるとこれほど興奮して喜んでしまうのは一体何故なんだろう。やっぱり、ビルの中にいて、ここなら絶対安全、ということが分かっているからなんだろうか。しかしこの数分後、まだ雷の止まないうちに、おいらは職場を出て帰途に立つわけだけんども、確かに怖くていやなんだけど、でもなんとなく、どこかその状況を楽しんでしまっている。近くに落ちてきたらどうしよう、という恐怖感が、逆に興奮を呼び覚まし、楽しいという感情を、半ば強引に引き出してくる。

「恐い→楽しい」という感情推移の性質を利用した遊戯や作品というのはたくさんある。遊園地のアトラクションなんてそんなのばっかりだし、きもだめしなんかでも、ある程度以上恐くないとおもしろくなかったりする。ホラーやサスペンスなどといった作品は、恐怖がなければ成り立たないカテゴリだ。それどころか、恋愛でさえ、心と心の折衝を、恐いと感じさせる気持ちが、その感情を余計に燃え上がらせるものとなっているんではないだろうかとさえ、感じる。

ところで、ひとりで恐がっている、というのは、なんとも余計に寂しさを助長するものでございますね。いやはや (;_;)/

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身近な人の偉大さは半減する -- あるアレゲ人

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