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216202 journal

Takahiro_Chouの日記: [映画]息もできない

日記 by Takahiro_Chou

この映画の主人公は、ある意味で、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」のダニエル・プレインビューを思わせる「人間の姿をした怪物」と言える。
但し、両者の間には、大きな違いが有る。
ダニエル・プレインビューが、口では「私は古くさい物言いしか出来ない男だが」と言っているにも関わらず、商才も有るし、弁も立つのに対し、この映画の主人公は、ひたすら阿呆で、しかも、こいつの辞書には罵倒用の単語しか無い
さらに、その「罵倒用の単語」すら、笑える位に語彙が貧弱だ。

また、ダニエル・プレインビューは、自分の手下か、さもなくば敵と云う単純な世界観を持っており、自分を取り巻く周囲の現実さえも、力技で自分の世界観に合せている。いや、本人には、「力技で自分の世界観に合せている」と云う意識は無い(多分、それ以外の生き方を知らないので)のだろうが、傍からは、そう見えてしまう様な生き方をしている。
一方、この映画の主人公は、多分、単純な世界観を持っている……様に見えない事も無いが、周囲を力技で自分の世界観に合せているなんて事は出来ない。基本的に阿呆だから。
そして、単純な世界観では割り切れない現実に苛立ちを感じつつも、その苛立ちを上手く言葉にする事が出来ない。語彙が極端に貧弱だから。
「なぜ苛立っているか」を上手く言葉にする事が出来ない、と言う事は、苛立ちの原因や解決法を知る事も出来ないと云う事だ。それは、更なる苛立ちを生む。
おそらく、主人公は、人生の、ある時期から苛立ちの悪循環にハマったまま、生きてきたのだろう。

主人公は、主人公なりに、DV夫と離婚してシングルマザーとなった姉の事を心配したり、甥っ子に愛情めいたものを感じたりしてはいる。
しかし、(甥っ子の事を思って)姉に再婚を勧めたり、甥っ子と遊んでやったりしても、あっと言う間に、その態度は喧嘩腰のモノに変る。主人公は、苛立ちと共にしか、自分の感情を表現出来ない。喩え、その感情が、愛情や思いやりだったとしても。
これも、また、主人公の頭の中に有る語彙が、罵倒用の言葉だけ(それも、恐しいまでにバリエーションが無い)である事と関係するのだろう。誰かと会話を始めたが最後、主人公の口から出るのは、下品な罵しり言葉だけになってしまう。

そして、主人公が、初めて、苛立ちとは、真逆の感情表現を行なった時、主人公の中で、何かが変り始めたのだが……。
その意味では「2人でいるときだけ、泣けた」と云うキャッチコピーは、的外れなのかも知れない。
あのシーンは、いわば「アルジャーノンに花束を」に喩えるなら、チャーリイ・ゴードンが知能を獲得した時なのだ。
初めて涙を流した時、それは、主人公が新しい世界観を獲得し始めた時でもあるのだ。
しかし、怪物が人間になる事と、怪物が怪物のままでいる事の、どちらが、怪物にとって幸せなのかは、誰にも判らない。おそらく、怪物自身にさえも。

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