パスワードを忘れた? アカウント作成
14246380 journal
日記

Takahiro_Chouの日記: 書評「謎とき『風と共に去りぬ』: 矛盾と葛藤にみちた世界文学」 1

日記 by Takahiro_Chou

2015年に新しい日本語訳版を出した翻訳家の人による解説本。

御存知の方も多々有ろうが、「風と共に去りぬ」の冒頭は、結果的ではあるが、1939年の映画版のイメージをブチ壊すような一文から始まっている。
いや、映画版の方が、原作が「Scarlett O'Hara was not beautiful, but men seldom realized it when caught by her charm as the Tarleton twins were.」から始まっているのに「わかりやすい美人」を主役に抜擢してしまった、と言うべきか。
では、映画のせいで「スカーレット・オハラは美人だ」と少なからぬ読者が思っている状況で、この一文を、どう訳すべきか??

似たようなネタで笑ったのが、原作では「みすぼらしい馬」と書かれてるモノが、映画では立派な馬になってしまった事。
まぁ、人気小説を映画化するのなら……特に、今はともかく当時は……「美男・美女とは言い難いが魅力的な俳優」よりは「絵に描いたような美男・美女の俳優」の方が、「みすぼらしい馬」よりも「見るからに立派な馬」の方が用意するのは簡単だろう。

現代で言うなら、例えば、SNS上なんかで先輩ラノベ作家に自作を絶賛されても、無礼ではないが、よくよく読むと「ん??」な反応をしていて、ラノベのテンプレ・御約束へのガン無視・外し・批判が満載の作品でブレイクしたラノベ作家が居たとする。
ところが、そのラノベ作家の代表作が映像化された時、「ラノベのテンプレ・御約束に従順」な内容となってしまった。
更にややこしい事に、この原作レイプの映像化版の出来は悪くなく、ファンが持つその作品へのイメージは原作ではなく映像化版に準拠したモノとなってしまった。

……ぶっちゃけ、「風と共に去りぬ」とは、こう云う「作品」なのだ。
だからこそ「風と共に去りぬ」については批判も擁護も話はややこしくなる。

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by Anonymous Coward on 2020年07月22日 2時38分 (#3856601)

    風と共に去りぬのストーリーはほぼ忘れたから一般論だけど、
    「美人ではないが魅力的な人」ってのは小説では簡単だけど映像表現ではめたくた難しいのよね。
    そしてこの「魅力的な人」って要素を表現しきれないと物語は一瞬で破綻する。
    要は客が「こいつのどこに魅力があるんだ?こんな奴ほっときゃ良いじゃん」と感じたらもう何もかも成立しないわけだ。
    そもそも美醜の感覚は一般に信じられている以上に個人差が大きいのだが、有名なハリウッド女優なら概ね美人だってのは合意されてる。一方、「美人ではないが魅力的」みたいなのはそうではない。
    だから万人が納得できるストーリーにするためには美人を使うしかないのよ。

typodupeerror

私はプログラマです。1040 formに私の職業としてそう書いています -- Ken Thompson

読み込み中...