Takahiro_Chouの日記: 表のストーリー「幸福の科学大学、設置認可申請を取り下げ」に関して 3
日記 by
Takahiro_Chou
キリスト教の神学や、日本仏教各派の教学(教典・教義の解釈など)が「学問」たり得るのは、ひょっとしたら、その宗教・宗派の神・開祖が、もうこの世に居ない(ひょっとしたら、どこかに居るかも知れないがコミュニケーションを取る手段が無い。更にひょっとしたら、今でもどこかに居る神・開祖とコミュニケーションを取る手段を持ってる人は居るが、伝えられた事が本物である事を証明出来ない)からでは無かろうか??
神学・教学などが「学問」として存在せざるを得ない状況は、信者からすれば「最悪ではないにせよ、最善でもないもの」「(キリスト教・イスラム教などの「最後の審判」に相当する何かが起きるまでの)過渡期的な状況」だったりするでは無かろうか??
果たして、神が存在して「それが善か悪かは知らないが、神を名乗るに相応わしい超越者が存在して、その世界に影響を与えているのが誰の目にも明らか」な世界では「宗教」は……少なくとも我々がイメージする「宗教」として存在し得るのか??
地獄とは神の不在なり (スコア:0)
「地獄とは神の不在なり」テッド・チャン?
そういえば体系だった聖典とか組織とかはなかったんだっけ?
中の人からすると、宗教ではなかった? (細部を忘れている…)
しかしあれを風刺だと受けとった人がほとんどだったのには驚いたよ。
自分としては、日和らない神のおかげで、とても筋がとおって
わかりやすくなったと思ったんだけど。
そもそも (スコア:0)
そもそも学問の定義、宗教の定義ってご存知ですか?
神道 (スコア:0)
ドラゴンが実在して腹満たすほど生贄捧げれば縄張りに帰ってくれるなら、
それは我々のイメージする宗教でしょ。