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人工知能

TarZの日記: 『めためたな結末』 エヌ・新一 4

日記 by TarZ

「時間がない」

 エヌ氏は追い詰められていた。

 若い頃に裕福な両親からの遺産を受け継いだエヌ氏は、生活にはまったく困っていなかった。といって、日々をブラブラして過ごすつもりもなかった。だいいち、それでは世間体がよくない。エヌ氏は、自宅にいても不自然ではない職として、小説家を選んだ。

 残念なことに、エヌ氏は小説のための革新的なアイディアを生み出せる能力はなかった。しかし、読書家だった両親が残した膨大な蔵書は、小説のためのアイディアを提供してくれた。あまり知られていなさそうな古い作品から使えるアイディアを選んで組み合わせ、現代風にアレンジして小説としてまとめあげる。エヌ氏は、そのくらいの才覚は持ち合わせていたのだ。

「真に新しいアイディアの作品というものはまず存在しない。だから、これは剽窃でも翻案でもないのだ」

 エヌ氏は、そこそこ人気のある小説家となっていた。

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「時間がない」

 エヌ氏は追い詰められていた。執筆を依頼されている小説の締め切りが迫っているのだ。しかし、このところエヌ氏の筆は遅くなるばかりだった。あまり知られていない良質のアイディアなどというものは、無限にあるものではない。

「今こそ、計画を実行に移すときだろう」

 エヌ氏は、かねてより研究資金を投資していた、H未来大学の人工知能研究室を訪ねた。そこでは、人工知能によるゴーストライターの開発が秘密裏に進められていた。

「教授、ご無沙汰しています。実は最近スランプでしてね。そろそろ、例のゴーストライターを使えないかと思いまして」

 スランプとはつまり、蔵書からひねり出せるアイディアのストックが枯渇してきたということだが、エヌ氏はもちろん細かいことに触れるつもりはない。

「なるほど、作家先生というのもなかなか大変なものですな。いや、私は研究資金さえいただけば結構ですから、そこについては聞きますまい」

 出迎えた教授は、子供の頃に見たアニメに登場するロボットを作りたい、その一心でこの道に入ったという研究一筋の人物。自身の研究成果を使って作家デビューするなどという野心は、まったくなかった。それこそが、エヌ氏がこの研究室に投資した理由でもあったのだ。

「いただいた資金によって研究は順調です。そろそろ成果を試していただいてもよい頃だ」

 教授が指し示した机の上には、手のひらに乗りそうなほどに小さい、かわいらしい人形が立っていた。

「教授、一体なんですか、この小人さんは。ゴーストライターができるほどの人工知能というから、大きなコンピュータのようなものを想像していたのですが」

「その小人は単なるマンマシンインターフェイスです。その背後には、無線で接続された膨大なコンピュータ群が控えていますのでご安心を」

 教授は装置のスイッチをオンにしつつ、説明を続けた。

「コンピュータが先生の過去の作品の作風を分析し、さらにマンマシンインターフェースが現在の先生の潜在的な記憶や感情、感性を探ります。この際、インターフェースは小人のような形が都合がよいのです」

「なるほど、お話にある靴屋の小人のように、主人の代わりに仕事をする存在、というわけですな。言われてみれば、こんな小人さん相手なら、警戒感なく自分の内面を曝け出せるのかもしれない」

「重要なことは、たとえ先生自身の小説のアイディアが枯渇しているように感じていたとしても、それは表層意識での話なのです。潜在意識にはまだ数多くのアイディアが埋もれているはずです。小人はそれらをかき集め、適当に補完して作品を書き上げます。つまり、あくまで先生の作風で、先生が書くであろう『新作』が出来上がるというわけです」

 エヌ氏は、自分の中にアイディアとなるようなものが一片でもあるのか不安を感じたが、今は時間の余裕がなかった。

「さっそくですが教授、今すぐ試してみてもいいですかな」

「どうぞ。コンピュータには、先生の過去の作品データはインプット済みです。装置の起動も終わったようだ。小人に話しかけてみてください」

 エヌ氏は小人に話しかけてみた。

「小人さん、ライターになってください。できますか?」

 小人は答えた。

『なにをおっしゃいますやら! できますとも!』

「どのくらいでできますか?」

『……5日くらいあれば?』

 とんでもない。締め切りが迫っているのだ。エヌ氏は思い切って言ってみた。

「3分くらいでお願いします」

 小人がどのようにエヌ氏の内面を探ったのか。そのやり方は分からなかったが、やがて小人は文句も言わずにてきぱきと仕事を始めた。おそらく、無茶な締め切り要求には、より多くのコンピュータ資源が使われるのだろう、とエヌ氏は想像した。

(なに、この仕事がうまくいけばコンピュータの利用料くらいはどうということはない……)

 ほどなく、エヌ氏の前には原稿用紙の束が積み上げられた。

(なんという仕事の速さだ。このペースで良質の作品を量産できるなら、人気作家の地位は不動のものだ。なによりも、これからは過去の作品からアイディアを集めていたことがバレる心配もしなくて済む)

 エヌ氏は原稿用紙の最初の1枚を手にとり、その内容に目を通した。

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『めためたな結末』 エヌ・新一

「時間がない」

 エヌ氏は追い詰められていた。

 若い頃に裕福な両親からの遺産を受け継いだエヌ氏は、生活にはまったく困っていなかった。といって、日々をブラブラして過ごすつもりもなかった。だいいち、それでは世間体がよくない。エヌ氏は、自宅にいても不自然ではない職として、小説家を選んだ。

 残念なことに、エヌ氏は小説のための革新的なアイディアを生み出せる能力はなかった。 ...

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